第25話慟哭
この日は放課後からバイトだ。
俺も大学進学を目指す以上、もうじき本格的に受験勉強に入るつもりだから夏休み前にはこのバイトを引退となる。それまでにしっかりとお金を貯めておかなければならない。
朝、学校に着くと直ぐに美鈴が俺のところに来た。俺の机に両手をついてグイッと身を乗り出すような格好。
「借りた本は今日必ず読むから、読んだらまた次を貸してね!」
そう元気良く宣言された。
結局、あの夜は22時を越えたから流石に読む間はなかったようだ。
「慌てなくて良かったのに。うんまあ、返すのはいつでもいいから」
ゆっくり読んだらいいよ、と笑う。
「あ、そうだ。美鈴。今日のテストの範囲なんだが……美鈴?」
美鈴は顔を真っ赤にして口を半開きに。俺の机に両手を置いて身を乗り出すような格好のまま……固まった。
「美鈴?」
ま、まさか!?
ハッと気付く、とはこんな感じなんだなというぐらい、美鈴はハッとする。
この娘、よく表情変わるよなぁ。
見ていて飽きない。
「テスト範囲……テスト範囲……」
ぶつぶつ言ってる。
うん、そうだよね。
本を昨日の夜に借りに来ているぐらいだから、忘れてたんだろうねぇ。
「勉強、する」
「美鈴」
声を掛けると、美鈴はこちらを呆然と見てくる。
「ファイト」
美鈴は瞳に突然、力を宿しクルッと背を向け拳を天に掲げる。
伝説の拳王のポーズで自分の席に帰って行った。
勉強を忘れてたみたいだけど気合いは十分なようだ。
学校が終わり教室で美鈴と御影に声を掛け学校を出る。店に着いたら直ぐに服を着替え仕事だ。
ちなみに俺のバイト先はそこそこ美味しいと有名な料理屋だ。
たまに仕込みも手伝うが、基本は女将さんと店長の旦那さんが作る。
アットホームな感じが気に入って高校1年から今まで続けたが、受験勉強に入るため今月で辞めることになる。
引き継ぎに同じ高校1年の女子、
「お疲れ〜」
無事、本日も10:00閉店。湯ノ沢さんが手をフリフリ。道谷さんとはお疲れのハイタッチ。
新人の岩瀬さんは1時間前に帰っている。
「ねぇ、ミッチ。夜クエスト行こうよー」
湯ノ沢さんが道谷さんを誘っている。
大学生2人はこれからゲーム時間らしい。
「おー、良いぞー。だけど明日、ちょっとイベントがあるからなぁ。あまり遅くは無理だぞ?」
「イベント? 例のゲームの?」
「そうそう、一緒にやるか?」
激しく首を上下にする湯ノ沢さん。
そんな2人にエールを贈る意味で俺は親指をグッと立てる。
湯ノ沢さんも親指をグッと立てて返してくれる。
頑張れ! 湯ノ沢さん! 道谷さんを陥落させるのだ!
「良いなぁ、俺もゲームでデートとかしたいです」
ワザとらしいが2人の前でそう言ってみる。
恋する2人でするならゲームもデートだ。
「え!?」
道谷さんは驚きつつも湯ノ沢さんを見る。その道谷さんに恋する彼女は何度も頷く。
照れつつも道谷さんは改めてその言葉を否定しなかったので、2人の仲が緩やかに進んでいるのが見て取れた。
そんな2人を見て、俺は挨拶をして帰宅の
良いなぁ、と俺は笑った。
そうなのだ、高校で全てが終わりではない。
まだ道は続いていくのだ。
終わった恋を抱えて、それでも新しい何かが見えてくるのかも知れない。
あの日、バイト先からの帰り道。
朱音が居た公園に御影は朱音を迎えに来た。
あんな風な素敵な出来事は俺には起こらない。
……それでも。
それでも俺はまだこれからなのだと思った。
両目から零れ落ちる涙を乱暴に拭う。
どうしようもなく失った恋が痛くて仕方ないけれど、何度見ても美鈴の笑顔が恋しくなるけれど。
まだこれから、なのだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
朝、早速、登の席に行く。
「借りた本は今日必ず読むから、読んだらまた次を貸してね!」
と元気良く宣言した。
「慌てなくて良かったのに。うんまあ、返すのはいつでもいいから」
嗚呼、笑顔が
これを口実にまた登の部屋に行くのだ!
心の中で気合いを入れる。
「あ、そうだ。美鈴。今日のテストの範囲なんだが……美鈴?」
名前呼び!?
私は口を半開きに、登の机に両手を置いて身を乗り出すような格好のまま固まった。
顔が異常に熱い!
「美鈴?」
何で!?
何が起こった?
いつの間に?
異世界転移して、いつのまにかあべこべ世界に来た!?
ああ、でもあべこべ世界でも登が好きだぁぁああああああ!
何でこうなったかを思い出そうとしながらも、頭は働かず登が言ったことを
「テスト範囲……テスト範囲……」
そうだ、昨日の帰り道、話の流れで名前呼びにしてくれるように頼んだ……。
なんてサプライズをしてくれるんだ、昨日の私。
よくやった!
「勉強、する」
脳味噌は働かないが、この幸せをゆっくり
「美鈴」
登が呆然としている私に呼びかける。
なんでしょう、登。
「ファイト」
登の応援。
それは万の援軍を得たように私の心いっぱいに広がる。
私は瞳に突然力を宿し、クルッと背を向け拳を天に掲げる。
我が人生に一片の悔い無し。
私は伝説の拳王のポーズで自分の席に帰って行った。
その後、どう時間が過ぎたか分からないまま放課後。
朱音を確保して昨日のお礼とご報告をさせて頂く。
「ついに名前呼びかぁ〜。良かったじゃない」
「有り難き幸せに
あー、ハイハイと朱音様はぞんざいに手を振る。
初夏に入り、夏のうだるいような暑さもこんな感じに過ごせるなら悪くない。
「大体、前から朱音だけ名前呼びなんてズルいと思ってたんだ〜。去年の冬に2人っきりで相談し合ったりしてたときなんか、嫉妬で狂うかと思っちゃったよ〜」
その言葉に朱音は
「冬って、あんた……。あんな前から?」
朱音が御影君のことを好きとは思っていなかったから、登と朱音がそういう関係なのかと疑った。
直ぐに本人たちから否定されたが。
「そうだよ〜。はっはっは、全く自覚なかったけどね〜」
何度も自覚する機会はあったはずなのだが。飴を貰った時とかに、理由が分からないけれど胸が痛かったりとか。
そうだよ〜、鈍いんだよー!
その後、るんたるんたとご機嫌のまま家に帰り借りた本を読む。
幼馴染物は非常に良かった。
流石おススメ、良いチョイスだった。
問題はその次だった。
友情からの恋愛物。
そこで私は残酷な現実に叩きのめされることになった。
その本は失恋した主人公が女友達に励まされて新たな恋をしていく物語。ハッピーエンドと登が言ったように2人は結ばれて終わる。
繰り返す。
失恋した主人公が。
冒頭で別の女性に主人公は告白して振られるのだ。
その喪失を埋めるのがこの物語の本質だ。
当たり前のことだが、振った女性と主人公が結ばれることは、ない。
当たり前だ、当たり前なんだ。
私は必死に物語を読み進める。
そこにあるはずのない救いを求めて。
その本を1ページずつ祈るように読み進めたが最後まで、当たり前だが最後まで主人公とその彼を振った女が結ばれることは無かった。
私は枕に顔を埋めた。
そして全力で泣いた。
心配した花純が部屋に来たけど、ただ首を振る事しか出来なかった。
どのツラ下げて彼のそばに居れるというのだ私は。
あの日、彼を振ったのは……私だ。
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