第18話追跡しますが、これはデートですか?

 その日は春の終わりに、ようやく訪れた。


 私は普通よりも気合いの入った格好で待ち合わせの駅前に到着。

 相変わらず雑多な駅前は、人の流れが激しい。

 そんな中、駅のホーム前の柱にもたれかかり、ぼうっと待っている登を見つける。


 困ったことにシャツとジーンズだけのラフな格好なのに格好良く思えてしまった私は、私が思うより重症だったらしい。


 こういう場合、後ろから忍び寄るべきか?

 しばらく見ているが彼が他の女性に逆ナンされたりする様子はない。

 そのことに幾分ホッとする。


 ……元カレはよく逆ナンされてたが。


「お待たせ」

「おー、5時間ぐらい待ったぞー?」

 今は朝の9時前である。

 5時間前なら朝4時なので始発すら走っていない。


「イイ女は待たせるものだよ?」

 嘘です。遅刻はダメな主義。待ち合わせ時間は9時半なので2人とも時間前集合派である。


「イイ女か。そうだな、それなら当然だ」


 イイ女って言ってもらったよ!

 パァ〜っと笑ってしまう。

 クスクスと楽しそうに登も笑う。

「さ、行こうか」

 実に自然に歩き出すのでついて行く。

 遅くなく、早くなく、歩調を合わせてくれる。


 やりおる、この男。

 だがまあ、残念なことにモテそうなのに浮いた話は聞いたことはない。


 その話をするといつも肩を落として、モテない、と彼はボヤく。

 前までは笑って聞いていたが、今となっては是非ともそのままでいてもらいたい。


 賑やかな中央広場に面したオープンカフェからは、朱音たちがよく見えた。

 私たちはクレープ片手に垣根の向こうから遠目に2人を観察する。


 ロングスカートを履いて彼氏の方を真っ直ぐに見る彼女は、傍目に清楚なお嬢さんが大好きな彼に首ったけ、そんな様子が見て取れる。


 朱音はその清楚な雰囲気に似合わず粗野なところがあるが、見ている限りそんなところは出ていない。

 もちろん2人の長い付き合いから、今更そんな部分を隠す間柄ではない。

 ただ単に彼女は今、本心から恋人に首ったけなのだ。


 イイなぁ〜。


 チラッと隣の登を見る。

 彼は目を細め、とても優しい目をして彼女たちを見ていた。


 彼らが付き合い始めた時、登は本当に嬉しそうだった。

「幼馴染同士のカップルなんて俺の憧れだ!」


 彼はよく幼馴染の良さについて語っていた。

 そんな登のところへ私は1度だけ、1人で彼の存在しない幼馴染の代わりに起こしに行ったことがある。


 当時はまだ元カレと付き合いたてで、特に登を異性として見ていなかった。

 だからって1人で異性の部屋に入るなんてない。

 たった1年しか経ってないけれど今なら分かる。私はまだ幼かったのだ。


 あのときの登は昼前だと言うのにベッドで寝ていて、起きたてに私が部屋にいる現実が理解出来ないのか目を白黒させていた。


 ベッドの下には読んでいたのだろうライトノベル、それも幼馴染物だったのには何度思い出しても笑える。


 その時にはこんな感情になるなんて夢にも思っていなかった。

 あの日のことを私は繰り返し何度も何度も思い出す。


 あの日以来、私が登の部屋に行けたことはない。




「朱音楽しそう」

「だなぁ。ほんと良かったよ。あの2人ずっと仲が良くてさ。俺なんかはああいう関係ずっと続いて欲しいと思っちゃうけど……難しいよな」


 商店街や繁華街を抜けながら、街を移動する彼女らの背を見て彼は言う。

 日差しは厳しく新しい夏の訪れが近い。


 歩くだけで汗が出そうになりながらも、大きなショッピングモールの映画館のある建物の中に入り、冷房の風に冷やされる。


「ほい」

 差し出された小ぶりのポカリを受け取り、お金を渡そうとするがこのぐらいはサービスと彼は笑う。


「なにかで礼はする」

「楽しみにしてる」

 私がそう言うと彼は期待していると笑ったので、それだけで嬉しくなった私も笑う。


 引き続き、追いかけていた2人に気づかれないように映画館の中に入る。

 2人は話題の青春映画を迷わず選んでシアターの中へ入って行った。


「入る?」

 中を指差すが彼は首を静かに横に振る。

 フロアは入れ替え制だ。

 流石にバレそうだ。

 ならば、ここで尾行は最後か。


「俺と二人で行動して大丈夫だったか?」

 不意に彼が聞いてきた。

「ん? 大丈夫だよ?」

 今更何を言う?


 ……そこでようやく、私は登に元カレとのことを伝えていないことに気づいた。

 元カレからもまだ聞いてはいないのだろう。


 別れた、と告げると。


 ほんとに一瞬だけど、彼は辛そうな顔をした。


「じゃあ……ここで」

 果たすべき目的は果たしたので、私はそう告げてそのまま映画館の前で彼とは別れた。


 他に何が言えよう。


 そのままだと、彼の前で人目も憚らず私は大泣きしていただろう。


 すれ違う人も振り返る人も気にすることも出来ずに、嗚咽おえつを漏らしながら駅まで歩く。

 お気に入りの服も靴も気合いを入れた髪型も、全てが惨めだった。


 登はそういう人だって分かっていたのに。

 友達が別れたと聞いて喜ぶ人じゃないのに。

 そんな人じゃないから好きになってしまったのに。


 それなのに、彼が私が別れたことを喜んでくれるのではないかと、勝手に期待した自分が惨めで情けなくて。

 ……最低で、嫌になる。


 だから私は、恋なんて嫌いだ。

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