第16話恋の終わりに花束を

 宝生院桜花に教えてもらった展覧会には、5人でやって来た。

「これは……凄いの一言に尽きるわね」

 朱音は並べられた展覧会の作品たちを見て感想を口にする。


「そうだな。……君咲、すげぇよ。こんなところで作品出すなんて」

 先輩が惚れるのも無理はない。


 街の大きな文化ホール。

 絵画だけではない。芸術の世界では著名人たちの芸術作品を集めた展覧会。

 その中に君咲の作品はある。

 高校という小さな枠の世界ではなく、外の世界へと繋がっている。


「ごめん、ちょっと生徒会の手伝いが夜までかかってあんま寝てないんだ。ちょっとそこの椅子で休んでるよ」

 立山は疲れた顔でそう言って、展示会フロアの外のソファに座り込む。


「おー、大変だな。あんまり無理すんなよ?」

 俺はそう声を掛けた。

 そのまま立山が休んでいるので、全員で行動するのではなく、各自思い思いの場所で見て回ることにした。


 その中で先輩を惚れさせ、俺を感動させたあの作品を見た。

 圧倒された。

 画面を通して見ただけでは分からなかった、広がりと可能性がそこにあった。


 青と緑を華が華のように広がるが、そこからが違った。青と緑でありながら、それは金色にも見えたのだ。それが輪廻を表すように光となり、上へ、空へと広がる。

 それは決して留まったりはしない。

 未来へ、先へ進もうと。

「これが先輩が惹かれた作品?」

 雪里が俺の隣に来て絵を眺める。


 この時、俺には先輩の気持ちが誰よりも分かった気がした。

 先輩はこの絵に惚れたと同時に、この絵の作者に惚れて、この絵に背中を押されたのだ。


 未来へ進むために。


 雪里は作品を細かく興味深く見ている。

 春の装いの色合いの服が彼女には良く似合っていた。


「雪里ー」

「んー?」

「好きだよ」


 俺の心は今、とても穏やかだった。

 ああ、恋を終わらせるのはこんなときがいい。


「……え?」

 蒼白な顔で雪里は聞き返す。

 俺は優しく笑う。

「そんな顔すんなって。だから、どうこうじゃないんだ。ただ伝えたかっただけだ。この絵に勇気もらってさ」


 雪里は何も言わない。

 言葉を探すように俺を見る。

 俺はなんでも無いように再度笑って見せた。


「ま、これからもよろしくって、ただそれだけだ。難しく考えんなよ? ほら、笑って笑って?」

 俺は自分の口を指でいーっと広げる。

「やっひぇみて?」


 雪里も同じようにいーっとする。


 俺はそれを見て、目を細めて笑みを浮かべる。

 そうだ、笑っていてくれ。

 俺の何処にも行き場の無かった恋心のためにも。

「うん、それでいい。

 ……ということで! 見るもん見たし、悪いけど先に帰るな! また学校で」

 俺はそう告げて雪里に背を向け、朱音と御影、ソファーで休む立山にも声をかける。

「お前らこれからデートだろ? 俺も見るもん見たし、先帰るわ!」

「おー、また学校でな〜」


 そう言って俺は展覧会を後にした。


 行き場の無かった俺の恋はそうやって終わった。何処までもズキズキと痛む胸は恋の楽しさをカケラも伝えてはくれない。

 だから、俺は恋なんて嫌いだ。


 ……だけど、それでもまた恋をするのだろう。どうしようもない想いを抱えながら。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 前兆はあった。

 登のその背を私は呆然としながらも見送り小さく呟く。


「……バイバイ」


 本当はそんなふうに立ち去る登を見て、泣きそうになっていたことも。


 いつかのクリスマス前の日のこと。朱音ちゃんと登が楽しそうに2人で話しているところを覗き見たときに、心臓が締め付けられたあの感情も。


 登がくれたイチゴ飴がどうしようもなく甘くて、口からなにかを発してしまいそうで、それがノドに詰まったように言葉にならなくて。


 そんなふうに立ち去った登を見送って、私も3人の方に笑みを向ける。


「さて、私ちょっとトイレ行って来ます!」

 ビシッと敬礼を3人に。

 朱音ちゃんは頑張って〜と手を振り、御影君がその頭に軽いツッコミチョップを入れる。

 立山君は……お〜とソファーから軽く手を振る。

 それは登にしたのと同じように。

 どこか見守るような笑みで。


 そして私はトイレの個室に入り手で口元を必死に押さえ、声を響かせないようにして。


「ああァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


 それでも押し殺せずに泣いた。


 なんで恋をした相手が彼なのだ。

 どうして彼氏ではなく、登を好きになってしまったのか。

 どうして。


 その日、私は恋を知った。

 ……そして、その恋は始まる前に終わった。


 だからこそ強く思う。

 恋なんて嫌いだ。

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