第15話学園の女神の恋④

 その日の放課後、教室には御影、朱音、雪里の俺たち4人だけになっている。雪里の彼氏の立山は今日も生徒会の手伝いである。

 立山は完全に生徒会入りしたから忙しいな。


「ずーるーい。私も宝生院先輩の心を動かした作品見たい」

 雪里が机にへばりつき文句を言う。

 朝の俺たちの会話を聞いていたから、気になってしょうがないらしい。

 あの告白のことを知るから尚更だろう。


 その様子からしても、さほど彼氏の立山が居なくても寂しくなさそうだ。


「そうは言ってもなぁ。信用して見せてくれたから、俺から教えるわけにはいかないからなぁ」

 教えたい、教えたいですよ? 雪里さん。

 それを教えて一緒にきゃいきゃい言いたいのですよ?

 ま、そういうわけにもいかないけど。


 そうまで雪里がごねるものだから御影も朱音も興味を持つ。

「そんなに凄かったのか?」

「見たいよねー」


「もう凄いの一言だ。あまりというかほとんど絵に詳しくないが、あれは今まで見た中で最高に感動した。ちょっとこの感動を言葉で伝えられなくて申し訳ないほどだが」

「うー、見たい〜」

 雪里のその態度が微笑ましくて思わず笑ってしまう。


 雪里に膨れっ面で見られ返す。

 可愛いな、飴ちゃんあげよう。

「飴で誤魔化されると思うなよ〜」

 そう言いながら、イチゴ飴を口に入れてご満悦。

「私も頂戴〜」

 朱音にもプレゼント。

「御影は?」

「俺はいい。ありがとう」

 ふと見ると、雪里が喉の下辺りを軽く触れ首を傾げている。


「どうした? 雪里。飴に毒でも入ってたか?」

 雪里はこちらを見て、驚愕。

「は、図ったわね!」

「クックック、それをただの飴と侮ったな?実は美味しいイチゴ飴なのだ!

 ……で? どうした?」

「んー。なんでもない」


 追求することでもないか。それ以上追求して欲しくもなさそうだしな。



 その日、彼女を見たのは偶然だった。

 放課後、理科準備室のある廊下を歩いていると、職員室の方から宝生院姫乃が出てきたのだ。

「宝生院先輩」

「あら? 織田信長君だったかしら?」

 誰が第六天魔王だ。

 名前を知らないからと信長はないだろう。


 ……そういえば自己紹介してなかったな。

「倉橋登です」

「冗談よ、倉橋君。彼から聞いてるわよ」

 それに対し宝生院桜花はクスッと魅力的に笑う。

 それから紙のメモを渡される。


「丁度よかったわ。これ、彼の作品がアップされているサイトのメモよ。何処かに纏めてアップしているわけではないから、それぞれメモするのは大変だったわ」

 おお、有り難い。

 ニッコリと笑う彼女はとても上品な雰囲気を持つ先輩だ。あの日の告白時の余裕の無さは、今の姿からは想像がつかない。


「ありがとうございます。あの、少しお時間ありますか?」

 だから、どうしても彼女に聞きたいことがあった。


 宝生院桜花は話をする場所として屋上を指定し、俺たちは屋上に出た。

 あの日の屋上はとても冷たい空気だった。

 あれからまだ1ヶ月は経たないのに、今日の屋上はあの日より寒くはなかった。

 でも、この日は少しだけ風が強く吹いていた。

 俺は彼女に聞きたかったことを口にする。

「どうして今になって告白したんですか?」


 宝生院桜花の長い髪が風でなびく。

 彼女はそれを手で押さえて、手摺てすりにもたれるようにしてこちらを見た。

「どうして? 好きだからよ?」

 軽く笑った彼女は少し寂しそうだった。


「すみません。追求したい訳じゃ無いんです。ただ、どういう決断でそうしたのか聞きたかったからです」

 俺は彼女の目から顔を逸らした。

 彼女はそんな俺を責めるでもなく、夕暮れに近づく茜色の空を見上げた。

「私が私でありたかったから、かしら?」


 自分が自分でありたい。

 恋はいつでも自分が自分であることを奪う。

 相手を欲しいと思うが故に、自分であったを打ち砕く。


「貴方はあの日、一緒に居たあの子が好きなのね? 何か告白出来ない理由があって?」

「分かり……ますか?」

 誰にも知られたくは無かった。

 今の関係を壊したくなどないから。

「友達の彼女なんです。俺も彼女と友達で……」


 俺は今、どんな表情をしているのだろう。

 鏡を見なくても分かる。

 目の前の彼女はとても辛そうな顔をしているから。

 きっと俺も同じ顔をしている。


「目線がそこに行ってたからね。私と同じ目をして。同類だもの……報われない恋の。あの日、告白してあっさりバイバイ。……そのつもりだったわ。結果は見ての通りみにくすがり付いちゃったわ」


 彼女は手摺りの方に身体を向け、そこから空に向けて笑顔で。

「な〜にが友達からでもよ! あっさり振られるのはどうしたのよって感じよね。仕方ないじゃない。恋をしてしまったんだから。果たし状? 仕方ないじゃない。ラブレターなんて書いたことないわよ、書くこともないと思ってた……」


 彼女は、は〜っと大きく息を空に向けて吐き出す。

 その息は白く、直ぐに消えていった。


「……ありがとね。実はあの時、貴方達が居るのに気づいて恥なんてどうでもいいと、あの一瞬そう思えた。どうせ宝生院桜花が、学園の女神と呼ばれた女が年下の男の子に告白したとバレたのだもの。最後まで全力ですがり付いてやるわよ! そう思ったの」


 そして宝生院桜花は悲しい笑みを浮かべ言葉をこぼした、涙と共に。

「……お陰で1ヶ月長らえたわ」


 彼女は良く理解していた。

 自分の恋がもう終わっていることに。

 この1ヶ月は彼女のケジメのためなのだ、と。

 彼女の瞳からは止めることの出来ない静かな慟哭どうこくの雫が流れた。

 痛い痛いと叫びながら。

 それでも今を乗り越えながら。


 その猶予を与えた彼を残酷だと言うのだろうか?


 おそらく違うのだろう。彼もまた、どれほど短い1ヶ月という期間であろうとも、彼女に向き合う覚悟をそこに示したのだ。


「彼の作品の出る展覧会があるの。彼女も誘って見に行くといいわ」


 彼女は腕で涙を乱雑に拭い、そう言って去った。

 暗くなり始め1番星が見える中、彼女と彼のが少しでも優しいものであることを祈った。

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