ⅩⅣ 予想外のお誘い(1)
「――おおーい! 終わったぞ〜…!」
「……ん? どうやら猟師を倒したようじゃの……」
深い霧の森に響くその声を聞くと、五芒星の魔法円に立つジョルディーヌは、虚ろだったその瞳に普段の色を取り戻す。
すると、女神ディアナの力で出現していた白い霧は、波が引くようにして急速に薄らいでゆく……。
「僕らの作戦、うまくいったようだね! しかし、あの大怪我でほんとに仕留めちゅうんだから、さすがは噂の〝ジュオーディンの怪物〟くんだ」
また、魔女の小屋の中からも、声を聞いて悪魔ダンタリオンを送り返したマルクが、儀式を終えると明るい笑顔を浮かべて外へと出てくる。
「おおーい! 思った以上にうまくいったな。いや、驚くほどに大成功だったぜ!」
やがて、すっかり霧も晴れてもとの明るい森に戻った頃、少し離れた場所にいたリュカも、ゆっくりとした足取りで小屋の前へ帰ってくる。
人狼化による肉体強化の賜物か? 相変わらずの腹と右腕を包帯でグルグル巻きにした痛々しい姿だが、その足取りを見るになんとか怪我は大丈夫そうだ。
「おつかれじゃったな。で、猟師はどうなった? ……ん? ま、まさかおぬし、喰ったのか!?」
傍まで近づいたリュカに労いの言葉をかけるジョルディーヌだが、その血に塗れた口元を目にするとそんな疑いを抱く。
「た、食べちゃったの!? ……いやあ、さすがにそれは僕でもひくわぁ……まさに世に恐れられたジュオーディンの怪物……」
その言葉に、マルクも同様の誤解をその牙の並んだ口にしてしまうと、眉根をひそめてリュカに白い目を向ける。
「アホっ! 誰が喰うか! 見た目は狼だが、これでも中身は人間なんだよ! こいつは返り血を浴びただけだ。野郎はくたばったが噛みついてすりゃいねえ。ま、その内、
対してリュカは声を荒げてツッコミを入れると、口元の血を拭って人狼から人の姿へと外見を変化させた。
「痛っっ…やっぱ人の身体だとまだ痛むな……にしても、ジョルディーヌの魔術もだが、俺が狼に変えられた時といい、あんたがこの怪我を治療した時といい、魔導書の魔術ってのはほんとスゲぇんだな。どおりで王さまや教会が独り占めにしようとするわけだぜ……」
人間の容姿に戻ったリュカは、また痛み出した腹の傷を左手で抑えつつ、改めてマルクやピエーラの使った魔導書の力に感心する。
「もし、さっきあんたが言ってたように、誰でも自由に魔導書を使えていたんならな……アンヌもこんなとこに埋めてやらずにすんだんだけどな……」
そして、ふと視線を小屋の傍らに佇む小さな妹の墓へ移すと、人狼とは思えない、なんとも悲しげな色をその瞳に浮かべて呟いた。
「……ああ、そのことなんだけどさ。じつは僕、旅をしながら世に埋もれてる魔導書を集めて回ってるんだ」
その呟きを拾い、今度はマルクが静かな声で、自身が抱える事情について説明を始める。
「……?」
「ここにいるのも、魔女が持つという『影の書』ってのが魔導書なんじゃないかと思って、その筋じゃ有名なジョルディーヌさんを訪ねて来たのさ。ま、そっちの方は空振りだったんだけどね…へへへ…」
突然のその告白の意図がわからず、怪訝な顔で見つめ返すリュカに、その若い魔術師は苦笑いを浮かべながら話を続ける。
「……あ、でね、そうして集めた魔導書の写本を作って、世の中にバラ撒くのが僕の野望さ……この権力者だけを肥やすバカげた禁書政策をぶっ壊し、みんなが自由に魔導書の力を使えるようにね」
「魔導書を、自由に……!?」
そこまで聞くと、最初はなんのことかわからなかったリュカも、繋がったその話に大きく目を見開く。
「ああ、その通りさ。でも、それには邪魔をする各国の王権や教会と戦うための力がいる……だから、僕はそのための海賊団を作って、ゆくゆくは彼らが秘蔵する希少な魔導書も奪うつもりさ」
「魔導書を奪う、海賊だと!?」
「うん。ま、もともと僕はこっちへ帰って来る前、〝新天地(※新大陸)〟で海賊船に乗ってたりしたんだけどね。だから操船術とか大砲の扱いとか、それなりにノウハウはあるから問題はないと思うよ」
さらに驚くリュカに、マルクは平然とした顔でそう言って無邪気にはにかんでみせた。
〝新天地〟――それは近年、遥か海の彼方に発見された新たな大陸であり、その多くが世界最大の版図を誇るエルドラニア帝国の植民地となっていた。
ゆえにエルドラニアと敵対するここフランクル王国やアングラント王国の移民など、エルドラニア人社会から疎外された者達が海賊となり、頻繁にエルドラニアの輸送船を襲っていたりもする。
「あんた、ガキのような
「これでもいろいろ苦労してるんでね……ま、そんなわけで、魔導書を集めるのとともに、その海賊団の団員を探すのもこの旅の目的さ……君もどうだい? 僕と一緒に海賊をやってみないかい? ジュオーディンの怪物くん」
次々と出てくる驚きの新事実に、驚きを通り越して最早、呆気にとられるリュカであるが、そんな彼にますます驚愕の言葉をマルクは投げかける。
「お、俺が、海賊!? ……だと?」
「ああ。人間離れした人狼としての力ももちろん魅力的だけど、それ以上に君を誘った理由は、君が僕と似ているからさ……僕も君と同じ、魔導書の禁書政策のために故郷と家族を失った人間だからね……」
唖然とその言葉を繰り返すリュカに、マルクは淡々とした口調でありながらも、わずかに淋しげな影をその微笑みに映して語る。
「…!? ……そっか。あんたも同じだったのか……なぜか俺と同じ臭いのしてた理由がなんとなくわかったぜ……」
それを聞き、またもや驚かされるもむしろ納得したように、リュカはピクリと鼻を動かしてそう答えた。
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