Ⅻ 死地での邂逅(1)
「――ここは……どこだ……」
ふと気がつくと、リュカは野花の咲き乱れる美しい花畑の中に立っていた。
空には金色に輝く雲が浮かび、その狭間から温かな光が大地に降り注いでいる。
「まさか、天国か? ……そうか、やっぱ俺は死んだんだな……」
「お兄ちゃん!」
そのなんとも心地良い雰囲気にリュカがそう判断を下した時、背後で懐かしい少女の声が聞こえた。
「アンヌ! ……ようやくまた会えたな……」
振り返ると、案の定、そこには生前と変わらぬ姿のアンヌが、満面の笑みを浮かべて独り立っている。
「あの世でもどこでもかまわねえ。これからはまた兄ちゃんと一緒にここで暮らそう!」
その現世では二度と会うことのかなわなかった愛しい妹の姿に、リュカは興奮気味に声を弾ませると彼女のもとへ駆け寄ろうとする。
「ブーっ! ダメえ! お兄ちゃんはいっぱい悪いことしたから地獄行き決定だよ」
しかし、アンヌはフグのように口を尖らせると腕をXの字にクロスさせ、容赦ない言葉で彼の足を止めてしまう。
「ええ〜! マジかよぉ……神さま、いい子にしますから、今からでもなんとかなんねえもんかなあ……」
その妹による地獄行き宣告に、なんとも情けない淋しげな表情を浮かべ、今さらながらに天を仰いで祈りを捧げるリュカだったが。
「なーんて、嘘だよ〜! お兄ちゃん、ほんとはいい人だもん。きっと天国へ行けるよ。でもね、それは今じゃない。お兄ちゃんにはあたしの分まで生きていてほしいの」
アンヌはパッと顔色を明るくすると悪戯っ子のようにその言葉を訂正し、今度は優しげな微笑みを湛えてリュカを諭すように言う。
「いや、俺はもうあんなクソみてえな現世まっぴらごめんだぜ。なあ、神さま脅しあげてでも天国行きにしてもらうからよう、これからはまた、前みてえに兄ちゃんと一緒に暮らそうぜ?」
「ううん……それはダメ。あたしはもう死んでるけど、お兄ちゃんはまだ生きてるんだもん。お兄ちゃんの中にいるこの子も、まだ向こうの世界で遊んでいたいって」
それでも、やはりアンヌとの死後の世界での暮らしを望んで聞かないリュカに、彼女は静かに首を横に振ると、いつの間にやら傍に佇んでいた巨大な狼の頭を優しく撫でてやる。
「アンヌ、何言ってんだ? 俺だってもう死ん…!?」
「ワオォォォォーン…!」
なおもリュカがアンヌに言い返そうとしたその時、彼女のとなりにいた銀毛の狼が、突如、大きな咆哮とともに勢いよく彼へ向かって飛びかかった。
「…………!」
瞬間、それまで見ていた美しい世界は目の前から搔き消され、何やら粗末な小屋の中の天井のような景色がリュカの眼に映る。
「あ、起きた!」
「おお、気づいたか」
また、黒づくめの奇妙な格好をした少年と、どこか魔性の臭いがする血色の悪い顔の女性が、なぜか仰向けで寝ている自分を上から覗き込んでいるようだ。
「……ハッ! アンヌ!? 痛つっっっ……」
朦朧とする意識の中、不意にアンヌのことを思い出して起き上がろうとしたリュカは、右腕と腹に強烈な痛みを覚えてそのままの姿勢でもんどりうつ。
「この耐え難い苦痛……それに悪魔までいやがるとなると……天国から地獄へ叩き落とされたってわけだ……」
「誰が悪魔じゃ。ここは地獄でも天国でもない。ちなみに煉獄でもないぞ? まだ現世じゃ」
そうした状況から、いまだ
「現世? ……なんだ、よく見ればジョルディーヌじゃねえか……てことは、俺はまだ生きてんのか……おかしいな。完全に死んだと思ったんだけどな……」
「ひどい怪我だったからの。この客人が魔導書の魔術を使い、悪魔の力で治療してくれたのじゃ。でなければ確実に死んでおったろう……ああ、じゃが完全に傷が癒えたわけではないので無理はするなよ?」
彼女の言葉にようやく自分が生きてることを認識するも、今度はその事実に疑問を感じ、ぼんやりとした面持ちで小首を傾げるリュカにジョルディーヌはさらに説明を加える。
「ったく、余計なことしやがって……せっかくアンヌのとこ行けると思ったのによ……」
「そう言うだろうと思ったがの。さすがに死にかけで倒れておるおぬしを見過ごしにもできまい」
だが、助けてもらったにも関わらず、礼を言う代わりに悪態を吐くいつも通りの彼を、ジョルディーヌは呆れたように、だが穏やか微笑みを湛えながら見つめた。
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