Ⅻ 死地での邂逅(2)
「ハハハ…そいつはすまなかったね、〝ジュオーディンの怪物〟くん。いやあしかし、ほんとに人間の姿に戻れるんだね! 人狼見るの初めてだから驚いたよ」
また、もう一人いる見知らぬ少年は、愉快そうに笑いながら興味津々な眼差しを自分に送っている……その言葉に怪我を負っていない左腕の方を目の前に掲げると、どうやら眠ってる間に人狼化が解けていたようだ。
「……ん? そういや今、魔導書って言ったか? ……まさか、こんなガキが魔導書を? てめえも魔法修士なのか?」
しかし、それよりももっと重要な事柄に時間差で気がつくと、みるみるその瞳に焦点を取り戻し、命の恩人に対してとは思えない口調で質問を投げかける。
「いや、残念ながら魔法修士じゃないよ。僕の名前はマルク・デ・スファラニア。旅の医者…ってことに
すると、その少年は嫌な顔をすることもなく、むしろ愉快げに苦笑いを浮かべながら、リュカのその問いにそう答えた。
「非合法に魔導書を!? ……そんなやつ、この世の中にいんのかよ?」
「……え? ああ、いるよ。そっか。ここら辺は田舎だし、敬虔なプロフェシア教徒が多そうだからね。でも、都市部では裏の
予期せぬその答えに驚きを隠し切れない様子のリュカに、少年――マルクの方もその反応に少々面食らいながらも、すぐに言わんとしていることを理解して真面目な顔で説明を加える。
「……そう……だったのか……それなのに……それなのに、なんでアンヌは死ななきゃならなかったんだよ……だったら、助かったはずじゃねえか……あの村にもてめえみてえなやつが一人でもいりゃあよう……」
初めて知る、さらに驚くべきその真実を耳にすると、リュカは熱くなる眼を左腕で覆い隠し、どこか水っぽい声に怒りと悔しさを滲ませながら嘆く。
「話はジョルディーヌさんから聞いたよ。君と君の妹さんも禁書政策の犠牲者なんだね……ま、悪魔に言うこと聞かせるのはなかなか難しいから、不慣れな
それでも、マルクは歯に絹着せることなく、残酷なこの世界の真実について重ねてリュカに語り聞かせる。
「だからね。僕はみんなが自由に魔導書を使えるような世の中にしたいと思うんだ。そこで僕は…」
「カー! カー…!」
さらに続けて何かを言いかけたマルクだったが、その時、けたたましい鳴き声をあげながら、突然、一羽のカラスが窓より小屋の中へ飛び込んで来た。
「わっ!? ま、また!? ……あ、でも今度はカラスぅ!?」
「ああ、こやつも森を見張っておる我の
なんだか昨夜の
「ああ、そういやずいぶんと明りいな……だいぶ長えこと眠ってたみてえだぜ……」
また、今の彼女の言葉から、いつの間にやらすっかり夜が明けていることにリュカは気づいた。
あれだけの重傷を負っていたのだから無理もないことだが、彼が意識を失って、その上、ちょっとばかし
「カー! カー! カカー! カーっ!」
「なになに、鉄砲を持った猟師が猟犬を連れてこちらへ向かっておると?」
リュカが思わぬ時間の経過を知る一方、身振り手振りで何かを伝えようとするカラスを見て、ジョルディーヌはいとも簡単にその言わんとしていることを理解する。
「え? 今のでそんなことまでわかるんですか!? カーカーしか言ってないのに?」
「使い魔じゃからな。それにカラスの知能の高さをナメてはならぬぞ?」
さらに驚きの表情を見せるマルクに、ジョルディーヌは至極当然といわんばかりに、平然とした顔でそう言い返した。
「しかし、ここを目指している猟師となると…」
「ああ、間違いなく目的は俺だろうな。どうせ、どっかでのたれ死んでるとでも思って、俺の毛皮を回収にでも来たんだろうさ…痛っっ…」
そして、カラスの知らせに推測を巡らすジョルデーヌが言い終わらない内にも、当事者であるリュカがその後に続く言葉を答え、右腕と腹に走る激痛を堪えながら上体を起き上がらせる。
「〝魔弾〟とかいう、避けても当たる妙な銃弾を使うふざけた野郎だった。悪魔の力を宿してあるとかぬかしてたな」
「魔弾かぁ……おそらく〝バルバトス〟の力だろうね。まあ、悪魔の力で武器を強化するのはよくある戦法さ」
さらに続けるリュカに、その年齢に反してやはり相当な魔導書に関する知識があるらしく、わずかに考えたマルクはその武器の正体をさらっと言い当ててみせた。
「ああ、なんかんな名前言ってたな……てなわけで、認めたかねえがそいつは相当にヤバえ野郎だ。猟犬も使ってるとなると、俺の血の臭いをたどって確実にここを突き止めるだろう。迷惑かける前に俺はおさらばするとするぜ…痛つっっ……」
そんなマルクの言葉に頷くと、リュカはベッドから立ち上がり、傷の痛みを堪えながら小屋の出入口へと向かおうとする。
「待て。どこへ行くつもりじゃ。その傷ではすぐに捕まって殺されるだけだぞ?」
「へへ…ま、さすがに逃げおおせる自信はねえけどな。だが、数少ねえ恩人を巻き込むほど落ちぶれちゃあいねえよ……あの猟師は異端審判士と一緒にいやがった。ここを見つければ、魔女のあんたにだって何するかわかったもんじゃねえ。そっちの魔術師の兄ちゃんにもな……痛っっ…」
無論、引き止めるジョルディーヌだが素直に聞くようなリュカでもなく、痛みに表情を歪めながらも身体を引きずるようにしてなおも足を進める。
「いや、そういう話ならば、むしろ我も無関係とはいえまい。そのような猟師を放っておいてはこの森の使い魔達も心配じゃしな」
「僕もだよ。教会の手先にそんな危険な
しかし、魔女もそれで引き下がるどころかこの件を自身の問題でもあると捉え、さらにマルクなどはその童顔に似合わず怖いことをさらっと口にしている。
「おいおい、人の話聞いてなかったのかよ? んな回避不可能な弾撃つ
「確かに魔弾は厄介じゃな……が、そういうからにはマルク殿、そなた、何か策があるのじゃな?」
二人の言葉に、悪い冗談だと思わず振り返って考え直すように言うリュカであるが、ジョルディーヌはそれを無視すると話も途中にマルクの方を見て尋ねた。
「ああ。相手が悪魔の力を使ってくるんなら、こっちも使い返してあげるのが兵法のマナーってもんだよ。でも、これにはジョルディーヌさんと〝ジュオーディンの怪物〟くんの協力がいる……特に怪物くん、魔弾をなんとかできたとして、その怪我で敵を仕留めることはできそうかい?」
すると、魔女の問いにマルクは不敵な笑みをその童顔に浮かべ、今度は
「あん? ……あ、ああ。弾さえ当たらなけりゃあ、首だけになっても野郎の息の根止めてやるけどよう……けど、あの弾をどうやって…」
「よし。では決まりじゃの。して、我は何をすればよい?」
「うん。時間がないからすぐにとりかかろう。まず、ジョルディーヌさんには使い魔を集めてもらってね――」
問われて思わず答えてしまうもいまだ反対しているリュカを
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