Ⅹ 安息の地(2)

「――ハァ……せっかくジョルディーヌさんの評判を耳にしてここまで来たけど無駄足だったかあ……いやあ、魔女についての知識って巷じゃぜんぜん得られなくて……」


「うむ。このプロフェシア教世界では、魔女と知れるだけで火炙りじゃからの。皆、正体を隠し自ら語ることはない……かくいう我もこのように隠れ暮らしじゃ」


 さて、そうしてリュカが深い眠りにつく傍ら、となりの小屋の中で魔女ジョルディーヌは、ひどく残念そうに溜息を吐く少年と語り合っていた。


 三つ編みの金髪オサゲに碧眼の、ちょっとラテン系の顔立ちをした可愛らしい少年だが、その小柄な身には黒いフード付きのマントを羽織り、頭にはむしろジョルディーヌよりも魔女らしく、黒いウィッチハットを被るという奇妙な出で立ちだ。


「確かに……でも、そう言いつつも異端審判士を手玉にとって堂々と専業魔女やってるんですから、さすが伝説の魔女ジョルディーヌさんですね」


「煽てるな。そういうそなたこそ、教会連中を屁とも思うておらんだろ? 御禁制の魔導書を集めて写本をバラまこうとは、見た目に反してなんとも大それたことを考えたものだの…」


 だが、そうして奇妙な格好の少年とジョルディーヌがなおも歓談を続けていた時のことだった。


「ホーッ! ホーッ…!」


 突然、バサバサと激しい羽音がしたかと思ったら、一羽の大きなフクロウが窓から飛び込んで来たのだ。


「うわっ! な、なんだ!?」


「安心せい。我の使い魔・・・じゃ……ん? 外に何かおるのか?」


 驚き、思わず椅子から腰を浮かす少年とは対照的に、ジョルディーヌは微塵も慌てることなく、その暴れるフクロウの様子から何かを悟る。


「ホーッ! ホーッ…!」


「その騒ぎよう、いったい何がおるというのじゃ?」


 主人に異変を知らせるやまた窓から出てゆくフクロウを追いかけ、ジョルディーヌと少年もドアを開けて外に出ると、その使い魔の舞い降りた先に視線を走らせる。


「……ん? ……おまえは!? これはなんともひどい怪我じゃ……おい! しっかりせい!」


 すると、部屋の灯りにぼんやりと照らし出されたアンヌの墓の前に、瀕死の状態で横たわる、全身血塗れのリュカの姿をジョルディーヌは発見する。


「え!? 人狼!? この森には人狼まで住んでるの? いや、初めて見たよ…ってか、もしかしてこれもジョルディーヌさんの使い魔!?」


 駆け寄る魔女に一拍遅れ、続く少年もそれに気づくとまた違った意味で驚きの声をあげる。


「……いや、ここら辺の森で人狼といえば……も、もしかして、ここへ来るまでに噂で聞いた〝ジュオーディンの怪物〟!?」


「まあな……ダメじゃ。命が消えかけておる……詳しい話は後じゃ。そなた、悪魔の力でこの者を治癒できるか?」


 さらに、その死にかけた人狼が噂の怪物であると思い至る少年に、ジョルディーヌはリュカの状態を確認するやいなや振り返って彼に尋ねる。


「……え? まあ、人狼なら生命力強そうだし、できないこともないとは思うけど……え? 知り合い? てか、やっぱり使い魔!?」


「いや、そうではないが、この者とは少々因縁があってな……我の力だけでは無理じゃ。〝影の書〟について教えた礼と思って、この者の治療を頼めるか? なんなら我の薬草も礼金代りにつけるぞ?」


 その質問に対して怪訝な顔をしながらも頷く少年に、ジョルディーヌはいつになく深刻な面持ちでさらに頼み込む。


「ああ、そんな! 確かに教えを請うた恩もあるし、そこまで言うんなら喜んでやらせてもらうよ。こう見えても一応、表向き・・・は医者と名乗ってる身でもあるしね」


 ぐったりと骸のようになった人狼を胸に抱き、真剣な眼差しを向ける魔女ジョルディーヌに、少年は慌てて手のひらをひらひら振って見せると、そう冗談混じりにその依頼を引き受けた。

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