Ⅸ 魔弾の射手(1)

「――待たずとも向こうから来てくれるとは、狩る側にとっちゃあ願ったりかなったりだぜ……」


 かの人狼が棲むという森の中を、討伐隊の仲間達と一列になって進みながら、バーンジャックは誰に言うとでもなく呟く。


 あれから数日、彼は襲撃を受けた村々を廻り、これまでに派遣された討伐隊の記録から〝ジュオーディンの怪物〟の行動パターンを探った。


 もっとも、討伐隊は毎回全滅しているためにほとんど情報は得られなかったものの、彼らの遺体が残されていた場所などから大凡の活動範囲を絞ることはできた。


 また、調べる内にもう一つ、バーンジャックはあるおもしろい特徴に気づく……。


 どの村が襲われるかはまったく予測ができない反面、こちらから出向いた・・・・・・・・・討伐隊に関しては、あまり時を待たずしてすぐさま犠牲になっているということだ。


 つまり、自分を狙う敵に対しては積極的に、怪物は自ら向かって来てくれるのである。


 となれば、最早、森の中を駆けずり廻って探すまでもない。バーンジャックは衛兵を借り受けると新たな隊を組織し、以前に討伐隊が犠牲となった場所でその出現を待ち受けることとした。


 当初は身を隠しやすいよう、自分一人だけでやるつもりであったバーンジャックだが、逆に目立って見つけてもらうためにあえて大人数にしたのだ。


 また、この新たな討伐隊の中には異端審判士ピエーラ・ド・ビューヴァの姿もあった。


「――俺の〝魔弾〟にかかればイチコロだが、なにせ相手はこの世ならざる化け物だからな。もと魔法修士として、あんたにも協力してもらいてえ」


 ……と、とある秘策・・・・・のためにバーンジャックはピエーラにも協力を要請したのである。


 無論、ピエーラとしても、怪物――リュカが真相を漏らさぬまま確実に始末されたかどうかは非常に気になるところ。


「うむ。裁判に関わった異端審判士として、結末を見届ける責任はあるだろうからな――」


 ……と、やはりもっともらしい言葉を口に、本心は隠して随行した次第である。


 そして、その夜、迎撃の準備を万端整え、近隣の村へと続く獣道でバーンジャックの隊が待ち構えていると。


 ――パーン! ……パーン…!


「出たぞーっ! 撃てえーっ! …うがあっ…!」


「どこだ!? どこ行きやがった!? …うぐっ…!」


 狙い通り、〝ジュオーディンの怪物〟――リュカは姿を現した。


「ハン! 性懲りもなくまた死にに来やがったか!」


 ……パーン! ……パーン! …パーン…!


「ひ、ひいいっ…ギュアアァっ…!」


「く、来るなぁ! うわぁあああ…ゴハっ…!」


 夜の闇に覆われた森の奥深く、乾いた銃声と断末魔の叫びが湿り気を帯びた冷たい空気の中で木霊する……人狼の姿となったリュカが闇に紛れて気配を消し、次々とその鋭い爪で衛兵達を襲っているのだ。


 陣地の中心で焚火を燃やしているとはいえ、人の眼にその薄明かりだけでは限界があり、対する人狼の琥珀色アンバーの眼は、どんな暗闇の中でもよく見える……その上、犬同様に鼻の利くリュカにとって衛兵の動きは丸わかりなのだ。


 周囲の騒めきに驚き、咄嗟にマスケット銃を放つ衛兵達であるが、やたらめっぽう撃っているだけなので虚しく銃声を響かせるだけである。


 また、衛兵達はモリオンとキュイラッサー・アーマー(※当世風の頭と胴体部を覆うだけの甲冑)で武装しているが、リュカの眼はそれもしっかり捉えており、がら空きの首筋を狙って一撃で仕留めてゆく……あっという間にバーンジャックの連れて来た衛兵達は、手も足も出せずに全滅した。


「…クンクン……火薬とは違うなんだか嫌な臭いがしてやがる……」


 だが、今夜の討伐隊に限っては、これまでの者達と何か様子の違うことをリュカはその嗅覚で察知する……銃器の火薬でも、衛兵達の血の臭いでもない妙に甘ったるい香りが、夜の森の匂いに混じって漂っているのだ。


 しかも、その香りにリュカは心当たりがある……。


「間違いねえ……こいつは俺が狼に変えられた、あの魔術の儀式で焚かれていた香だ……ってことは、あの異端審判士の野郎もいんのか? ……クンクン……こっちか!」


 周囲に充満する強い硝煙の臭いの中にあっても、人狼の鼻はその香りを捉え、彼はその出所へ向かって闇の中を疾走する――。




「――ん? 現れたか。では、こちらも取りかかろう…… 」


 一方、それよりわずかに時を遡った頃、衛兵達が待ち構えていた陣地より少し離れた場所に、異端審判士ピエーラ・ド・ビューヴァはいた。


 闇に響く銃声と悲鳴を耳にしたピエーラは、座っていた椅子からおもむろに立ち上がるとその篝火に照らし出された空間の中央へと歩み出る。


 その場所は周囲の草木を切り払い、小部屋一個分くらいの広場となっている。


 また、ピエーラの立つ足元は平らにらされ、その上にはあの〝ソロモン王の魔法円〟が描かれると、リュカが嗅ぎつけたあの香が四方に置かれた炉で焚かれていた。


 さらに彼の服装も左胸には金の五芒星ペンタグラム、右裾に仔牛の革製の六芒星ヘキサグラムを着けたあの白い祭服へと変わっており、明らかに彼は、これより悪魔召喚の儀式を執り行うつもりなのだ。


 無論、その目的は他でもない……〝ジュオーディンの怪物〟――人狼リュカを確実に仕留めるためである。


 ヴァンジャックの考えた秘策というのはこういうことだった……衛兵達がひきつけている隙に離れた場所でピエーラが魔術を行い、呼び出した悪魔の力で人狼の俊敏な動きを封じてしまおうというのだ。


 さすれば後はもう、ヴァンジャックの銃の腕で仕留めるのはいとも容易いこと……もとから百発百中を誇るヴァンジャックではあったが、より確実な成功を収めるための保険である。


「さあ、我が人生唯一の汚点よ、貴様の悪虐を極めた生涯も今宵限りだ……」


 そんな独り言を口にした後、ピエーラは肩に紐でかけたラッパを手に取り、魔法円の中心で大きく吹き鳴らそうとする……。


「…っ!?」


 が、次の瞬間、そのラッパを持った右手に焼けた鉄を当てられたかのような凄まじい熱さを感じ、その感覚は間を置かずしてみるみる激しい痛みへと変化してゆく。


「ひっ……ひゃあぁぁぁっ!」


 その痛みにピエーラが自分の右手へ目を向ければ、彼の手の甲はパックリと切り裂かれて真っ赤な血に塗れ、ラッパは切り飛ばされた指とともに何処いずこかへと消え失せていた。


「な、なんだこれは!?」


「今夜だけは神様に感謝するぜ。思いがけずもこんな復讐の機会を与えてくれたんだからなあ……」


 目を見開き、それまで見せたことのないような驚愕の表情を浮かべるピエーラの耳に、背後の闇の中から聞き覚えのある男の声が聞こえる。


「……な、なぜだ? ……ヴァンジャックは何をしている……」


 ゆっくりと背後を振り返った彼の震える瞳に、獰猛な金色の眼を爛々と輝かせた人狼の怖ろしき顔が映った。


「のこのこ俺の縄張りに入ってくるたあ、なんとも間抜けな獲物だぜ……ガウゥ…!」


「ギャァアアアアーっ…!」


 数瞬の後、目論んだ作戦とはまるで違う、想定外の展開に恐慌を極めるピエーラは、喉元を狼の鋭い牙に食い破られて絶命した。


「ペッ! ……怒りに任せて思わず噛みついちまったぜ。 こんなクソ野郎の血なんか飲んだら腹壊しちまわあ……」


 魂が抜け、だらりとしたピエーラの肉体を口から離し、粗大ゴミを扱うようにその場へ放り投げると、口内に残った血を吐き出しながらリュカは顔をしかめる。


「こいつが今回の頭目か? また魔術でふざけたことするつもりだったようだが残念だったな。俺の鼻を甘くみたのが大きな誤算だぜ……っ!」


 そして、ピクリとも動かないその骸を侮蔑するように見下ろし、勝ち誇った笑みを浮かべてそう嘯いたその時、リュカは背後に並々ならぬ殺気を感じた。


「チッ…まだいやがったか。けど、俺の動きについてこれると思ったら大間違…うぐっ!?」


 それでも慌てることなく、余裕綽々に強靭な脚力でその場から瞬時に跳び退くリュカであったが、次の瞬間、彼の右腕には強烈な激痛が走る……その狼並みの動体視力は吹き出す自らの鮮血と、二の腕を貫く銀色の弾丸をスローモーションの内に捉えていた。

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