Ⅷ ジュオーディンの怪物(2)
それから半年余り……〝ジュオーディンの怪物〟の噂はついにフランクル国王フランクルーゼ一世の耳にも達し、ジュオーディン地方の領主達や、地元宗教界のトップである司教を中心とした高位聖職者達も放置してはおけなくなった。
中でも特に異端審判士ピエーラ・ド・ビューヴァとしては、個人的にもこの人狼を野放しにはできない理由がある……。
この地に恐怖と混乱を撒き散らしている当の怪物を生み出した張本人が、他でもない自分であると知られては、異端審判士の地位を失うどころか、最早、聖職者としても生きてはいけないだろう……否、下手をすれば悪魔崇拝者として火刑に処される可能性すら否定できない。
幸いなことに、もう一人の秘密を知る人間であったジャンポール神父は、その人狼に殺害されてすでにこの世にないが……。
「真相を知られる前にヤツをなんとかしなくては……」
司教座のある都市メンデの大聖堂に附属した異端審判士の事務所の一室で、窓辺に立つピエーラは深刻な表情をして独り呟く。
と、その時、部屋の入口のドアがコン、コン…と軽快な音を立ててノックされた。
「入ってくれ」
「失礼いたしやすぜ……」
そのノックに窓の方を向いたままピエーラが返事をすると、教会には少々場違いな格好をした男が一人、下卑た挨拶をして入って来た。
白髪混じりのボサボサ頭にだいぶくたびれた茶色のつば広帽を目深に被り、がっしりとした大柄の体には焦げ茶色をした膝までもある長い革製のジュストコール(※ジャケット)、その上から銃弾と火薬の入った小筒をいっぱい付けた革のベルトを肩掛けしている。また、腰のベルトにも短銃とハンティングソード(※槍のような切先を持った、獲物を仕留めるための狩猟用刀剣)を下げ、背には細長い革袋を担いでいるが、その形状からしておそらく中身はマスケット銃だろう。
「そちらからお呼び出しとは珍しいですなあ。異端審判士さま? いったいなんのご用件で?」
ワイルドに顎と口の髭を蓄えたその男は、猛禽のような瞳をピエーラに向け、彼の魂胆を見透かしているかのように尋ねてくる。
「当然、〝ジュオーディンの怪物〟の噂は聞いているな?」
ピエーラはようやく振り返ると勤めて感情を
「ええ。もちろん。猟師としてはぜひとも狩ってみてえ昨今稀に見る大物ですからな。先日、毛皮を買っていただいたあの巨大な狼以来の血が疼く獲物でさあ」
最近、巷を騒がせている
この男の名はヴァンジャック・エルシンギュ……その道ではよく知られた凄腕の
「ならばその望みかなえさせてやる。異端審判士として怪物の討伐を依頼する。危険な仕事だ。報酬ははずもう」
「ほう……これはまた珍しい組み合わせですな。害獣駆除の仕事まで異端審判士の管轄になられたんですかな?」
さりげなく、だが直球で本題を口にするピエーラであるが、猟師としての鋭い嗅覚がそうさせるのか? ヴァンジャックは疑念に満ちた眼差しで彼の鉄面皮をじっと観察する。
「かの怪物はただの害獣ではなく人狼だ。悪魔の手先やもしれん。民衆を悪魔の手から守ることは異端審判士の紛うことなき務め。なんら不思議ではない」
「ま、そう言われてみれば確かにそうですな……けど、巷の噂じゃあ狼刑に処された若者がかの人狼になったなんて話も……もしや、ピエーラの旦那が裁いた罪人だったり?」
その疑問にももっともらしいことを言って惚けるピエーラだが、一瞬、納得しかけたかに思えたヴァンジャックは意外やしつこく追求してくる。
「うむ……その通り、報告によれば私が担当したサンマルジュ村のリュカなる農夫がその正体だと聞いている……だが、無論、狼刑に処したところで
「ふーむ。魔女ねえ……」
それでも、素直に認めつつもあくまでシラを切り、しまいには森の魔女に罪を擦りつけようとする狡猾なピエーラを、ヴァンジャックはニヤニヤと意味深な笑みを浮かべながら眺めた。
「なんだ? 何か言いたげだな? 言いたいことがらあるのならば申せ」
「……いや、俺としちゃあ大物が狩れて、おまけに金までもらえるんなら文句ありませんや」
さすがに苛立ちを隠しきれず、思わずピクリとピエーラが眉を震わせると、バーンジャックは彼から視線を外し、おどけて大仰に肩を竦めてみせる。
「なーに、魔法修士の皆さんのおかげで俺にはこの
そして、ポケットから一つ、球体の表面に何やら幾何学文様の描かれた銀製の弾丸を取り出すと、それを親指と人差し指で摘んで見せつけながら、不機嫌そうなピエーラに嘯いてみせた。
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