Ⅱ 森の魔女(2)

「――どうやら落ち着いたようじゃの。とりあえずは一安心じゃ」


 その後、魔女は何種類もの薬草を大鍋で煮込み、その薬湯を譫妄状態のアンヌになんとかして飲ませると、まるで神父が行う教会の祈祷のように、だが、それとはどこか違う、古い時代の土着の民の信仰を思わす祈りをリュカが聞いたこともないような神に捧げ、不思議な香りのする香を焚いて、その煙でアンヌの身を燻した。


 すると、不思議なことにもあれだけ高かったアンヌの熱も嘘のように下がり、痩せこけてはいるものの生気を取り戻した顔で、咳をすることもなくすやすやと寝息を立てて眠り始めたのだった。


「助かったぜ、魔女さん。滅多に言ったことなんてねえが、あんたには心底礼を言うぜ」


 気持ちよさそうに眠る妹の寝顔を眺めながら、彼には似合わぬ心よりの礼をリュカは魔女に対して述べる。


「しかし、驚いたな。街の医者も見放したっていうのに、いったいどうやったんだ? 聞いた話じゃ、魔導書の魔術を使えばどんな病でも治せるっていうが……あのマジナイみてえなのはそれと同じものなのか?」


 続けて、いたく感心しつつも不思議そうな面持ちを見せると、彼は魔女の方を振り返ってそう尋ねた。


「両者は少々異なるの。魔導書に記された召喚魔術は、プロフェシア教徒が〝悪魔〟と呼ぶ古い信仰の神々の力を、プロフェシア教徒の中でも隠された叡智・・・・・・を求める者達が用いようとして編み出したものじゃ。対して我の使う魔女の術は、その古い信仰の伝統そのものといったところじゃの」


 その問いにも、律義な魔女は椅子に腰しかけ一息吐きながら、懇切丁寧に説明をしてくれる。


「そんな古き神々の一柱、月と狩猟の女神ディアナにその娘の病気平癒を祈るとともに、我ら魔女が代々伝えてきた薬草のエキスを調合して飲ませた。やつらは迷信と蔑むが、我らからしてみれば、プロフェシア教徒の医術や薬学の方が何倍も遅れておる。教義に背くからと、我らが伝えるような古き智慧を排してきた報いじゃな。どちらが迷信じゃか……」


「そうか。つまりは、やっぱあの神父や医者どもが役立たずだったってことだな。いいねえ、さすが魔女さんだ。話が合うじゃねえか。同じはみ出し者・・・・・として、なんか親近感わくぜ」


 魔女のその話を聞くと、ちゃんと理解したのかしていないのか? なんとなく自分の感じていた疑問と同じようなことを口にする彼女にリュカは上機嫌で頷く。


「そなたと同じ・・というところが少々引っかかるの……それと、その〝魔女さん〟と呼ぶのはやめよ。我にはジョルディーヌとい名前がある。まあ、魔女には違いないがの」


 対して同種の人間に見られた魔女――ジョルディーヌは複雑な表情を浮かべると、そう言って今さらながらに自己紹介をした。


「へえ、ジョルディーヌさんか。俺はリュカ、こっちは妹のアンヌだ。村で聞いてた評判通り、あんたのとこへ連れてきてよかったぜ。アンヌを助けてくれてほんと感謝だ。この礼は……たっぷり礼金を払いてえところだが、見ての通りの貧乏人なんで金はねえ。やっぱここは、この際、思い切って山賊にでもなって…」


「だから盗みはよくないと言っておろう。サンマルジュ村の者じゃな。まあ、我も昔住んでいたよしみ、礼はまた薬草摘みでも手伝ってもらえばそれでよい。それに、この森には余す所なく使い魔・・・を放ち、よこしまな心を持って近づく者があれば、すぐに知らせるように仕掛けてある。それが微塵も反応しなかったところを見ると、そなた、その凶悪な人相とは裏腹にじつは純粋無垢な魂を持った森の獣のような人間らしいからの」


 こちらも名乗り返すとまたも非合法に礼金を払おうと算段するリュカに、魔女ジョルディーヌは苦言を呈するとともに謝礼を断る。


「俺が純真無垢? ……いやあ、照れるからよしてくれよお。そんなこと言われるの初めてだぜ……ん? 凶悪な人相って、それ、褒められてるのか? しかも森の獣って……」


「フフ…褒め言葉ととっておけ。さて、妹はしばらく寝かせておかねばならぬし、もう夜も遅い。今夜はここへ泊ってゆくがよい。そういえば、晩飯がまだじゃったの。ハーブ入りのきのこスープでよければそなたも食うか?」


 一瞬、照れた後、その褒めてんだかバカにしてんだかわからぬ台詞にリュカが眉をひそめると、ジョルディーヌはそう言って笑い、彼らに邪魔されるまで食事の準備をしていたことを思い出す。


「ああ、そう言われるとなんだか腹が減ってきたな。ヘヘヘ、せっかくのお誘いだ。よろこんでご相伴に預かるとするぜ」


 魔女の申し出に、リュカもそれまで忘れていた空腹感を思い出し、無論、断る理由もなかったのでありがたくいただくことにした――。

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