2話 長内 時次朗


 ―― 一年前 日本


 某刑務所前

 

 鵙日和の朝、一人の男が出所した。

 真っ黒いスーツに身を包み、どこから見ても堅気じゃない。

 男の名は、長内 時次朗おさない ときじろう(25) 牛猫組の準幹部。


 だった……


 敵対組織の組長を襲い抗争の引き金となった張本人。

 敵対組長は、死ななかったものの泥沼の抗争となる。

 組員たちは意趣返しをされ死亡者が数名出たところで手打ちとなった。


 その事を刑務所に服役中の、長内 時次朗の耳には入らなかった。

 外界の情報は意図的に遮断されていた。


 長内 時次朗が出所する一年前に組は解散。

 出所の日に、組の出迎えがある筈もなかったのだ。


 「くそっ…… 迎えもねえのかよ」


 仕方なく駅に向って歩き出した長内 時次朗。

 刑務所の壁沿いに歩いていると黒塗りの高級車が二台止まっていた。

 車の中を覗き込むと運転手の男が声を掛けてきた。


 「長内 時次朗さん? 」

 

 上目遣いで名前を確認する運転手。

 どう見ても堅気じゃない。歳は三十くらいだろう。


 「おう 誰だてめえ! 牛猫組の者じゃねえのか? 」

 

 運転手は一瞬、下を向き口角を緩めた。


 「ええ… 牛猫組の新入りです お迎えに参りました」


 後部座席に座っていた一人の男が降りてきた。


 「お務め ご苦労様でした どうぞ」


 男は、長内 時次朗を後部座席に座らせると自分も再び車に乗り込む。

 二台の高級車はドアが閉まるのを確認すると動き出した。


 長内 時次朗は、隣の男に二本の指を突き出した。


 「たばこ… 」


 隣の男は、黙ってジャケットの内ポケットから煙草を差し出し咥えた先から火をつけた。


 「おい 新井は、どうした? 迎えにもこねえで何してやがる」


 長内 時次朗が言う新井とは、同じ牛猫組の組員で敵対組長を一緒に襲った仲間だったが長内 時次朗一人が罪を被り刑務所に入ったのだった。


 「これから向うところで新井さんが待っています 何でも、出所祝いとかの準備があるから今日は迎えに来れなかったようです」

 「なんだ!? そういう事かよ ハッハハ」


 長内 時次朗は上機嫌であった。




 車が走り出してから一時間も経った頃、長内 時次朗は異変に気付く。


 「おい…… 一体、何処に行くつもりだ? 町とは反対の方向だろうが」

 

 男達に質問する。


 「いいえ 山に新井さんのペンションがあります 出所祝いの会場です」


 「ペンション? 新井はペンションなんか持っているのか? 」

 「はい すぐに着きます」


 山道に入った車は、対向車が来てもすれ違いも出来ないような細い道を突き進む。途中で『私有地』の看板が立っていた。

 更に進むと古ぼけたペンションが見えてきた。


 「おいおい…… あそこに新井が居るのか? 」

 「はい…… そろそろ降りてもらおうか 長内 時次朗」


 車は急停止した。


 「なに!? 何だてめえらは!! 」


 胸元から、拳銃を抜き長内 時次朗に突き付ける男達。


 「大人しくしろや! 降りろ」


 男達の言われる通りに車を降りると、後ろの車からも拳銃を握った数名が取り囲む。一人の男は、車のトランクからスコップを取り出して放り投げた。


 「そこでいい 穴を掘れ」

 「ちくしょう…… はめやがったな」


 男達は拳銃を握りながら笑う。


 「馬鹿な男だ フッフッフ いいから早く掘れ」


 長内 時次朗は、スコップを拾い穴を掘り出す。


 (ちくしょう… 隙を見つけて逃げ出さないと)


 穴を掘りながら、どうやって逃げ出すか思考を巡らす。

 その時、スコップが何かとぶつかる音がした。


 堅くなっている周りに、スコップを差し何が堅いのか露にしていく。


 (骨…… 手の部分じゃねえか)


 白骨化した手の指には一つの指輪がはめられていたようだ。

 怪しく光る青い宝石が埋め込まれていた。

 サファイア……


 長内 時次朗は、サファイアを拾いズボンのポケットに入れた。

 

 (何か、ここから脱出する方法はないのか…… 拾った指輪をくれてやるから見逃せ って、無理だな)


 「なあ 俺はここで死ぬんだろ? たばこ吸わせてくれよ」


 良い案は浮かばない。

 少しでも時間を稼ぎたく男達に休ませてくれと頼む。


 「フッ そうだな 務所から出て即埋められるとかありえんからな」


 一人の男がニヤニヤしながら煙草を渡す。


 「次いでだ お前の知らない事を教えてやるぜ お前の居た牛猫組は一年前に解散してるぜ」


 「なんだって!?…… 」


 「そして、俺達は牛猫組の敵対組織 馬犬組のもんだ」


 (だいたいの予想は付いていたが…… 最悪だな)


 「そうそう 言い忘れていたが新井は、そこ等辺に埋まってるぜ」

 「「「「「がっはははは!!」」」」」


 ポケットに手を入れて煙草を吸いながら話を聞く。

 拾った指輪を、何の気なしに指にはめると声がした。


 『やっと帰れる… ありがとう この世界には長居し過ぎた 何かお礼をしたいのだが何か望みはあるか? 』


 「一体、何処に帰るんだ? ああん!? ってか、お前誰だよ!? 」


 いきなり大声で謎の声の主に話しかけた。

 拳銃を握った馬犬組の連中が身構える。


 「こいつ! いきなり、でかい声出しやがって 構う事ねえ 殺せ! 」


 『わたしは、此処じゃない別の世界から来た そろそろ時間だ 何も望みがないのなら わたしは消えるが』


 「だったら…… だったら、俺も連れて行け!! 」

 

 その直後、長内 時次朗は白い光と共にその場から忽然と消えてしまった。

 


 トキジロウは、見た事もない町の外れに飛ばされていた。


 「何だ ここは…… 」


 知らない場所に飛ばされ辺りを見回す。


 『此処が わたしがいた世界 本当にありがとう… 』


 また、謎の声がした。


 「おい 俺は、どうやって帰れるんだ? 」


 『今は無理だ どうしても帰りたいのであれば この世界の魔素を浄化して欲しい そうすれば再び あの世界に戻す力を取り戻せる』


 「何だ 魔素って? 」


 『ダンジョンと呼ばれる場所に魔素を浴びたモンスターが生息している 討伐しても減らせるが ダンジョンを消滅させるのが近道だろう』


 「モ……ンスター モンスターって化け物か!? 」


 『そうだ 普通の人間では太刀打ちは出来ないだろう』


 「俺は普通の人間だぞ! どうすんだてめえ!! 」


 『太刀打ち出来るようにしよう 魔法とスキルを与える これが 今の、わたしが出来る最後の力だ 後は頼んだ…… すこ し ね… むる… 』


 そう言い残すと謎の声は聞こえなくなった。


 「おい! てめえ どうすんだ俺!!  !? 」


 トキジロウは気を失ってしまった。

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