第32話 久々の平和
アルカディア王国の王都『パルキア』。中央に巨大な王宮を構え、政治、経済、学問の中心地として発展している、この国最大の都市である。
街の北部には冒険者ギルド総本部が、南部には広大な敷地を有するアレイスター魔法学院があり、美しく、整った街並みは一度観光してみる価値があるといえよう。
その日、王都の西方より、王宮に伸びる大通りには大衆が詰めかけていた。
一気に歓声があがる。
「アナスタシア様、バンザイ!! アルカディア、バンザイ!!」
「アナスタシア様ーーー!!」
「あぁ、ルナマリア様のようにお美しくなられて……」
「おい知ってるか。獣人の奴ら、アナスタシア様を見ると震え上がるらしいぜ。」
「なんでも戦姫と恐れられてるそうだ。」
王都に帰還したアナスタシア率いるアルカディア軍。聖騎士マテウス・ホーネットが討ち取られ、領土を侵され、不安な日々を送っていた国民にとって、彼女は英雄であった。
アルカディア軍の功績を讃える者、ルナマリアを引き合いにだして涙する者、アナスタシアの美貌に惚れ惚れする者など多様な歓声が入り混じる。
アナスタシアの側近、オルガは堂々と観衆に手を振るが、横の主人の顔は浮かない。
「お嬢、国民に手を振ってください。お気持ちは分かりますが、この戦で亡くなった者の為にも。それが貴方様の務めです。」
「……あぁ、そうだな。すまない。」
初の戦、初の凱旋、そして初の敗北。戦姫は多くのことを思いながら、大衆に手を振る。
「皆の顔……とても安心している。四年前、私が出陣する時とは大違いだ。」
「お嬢が守られたのですよ、彼らの日常を。」
歓声は彼らが王宮に到着するまで続いた。
アルカディア王宮は白く大きな立方体の造築となっている。中心上部が楕円となっている以外はシンプルな見た目である。王宮の周囲には貴族達の屋敷が建ち並ぶ。この国の権力がこの一帯に集約している。
「ルミナス家御当主、アナスタシア・ルミナス様がご帰還なされました!」
玉座の間の大きな扉が開く。鮮やかなステンドグラスによって、光の差し込むその空間には若き国王『ビスマルク・フォン・アルカディア』をはじめ、官僚達が列をなしていた。
「おぉ、アナスタシア。よくぞ戻ってきた。」
アナスタシア以下、此度の戦の将官達は跪く。
「有り難きお言葉です、ビスマルク国王陛下。前王ルードリッヒ様の国葬に参上出来ませんでしたこと、深くお詫び致します。」
昨年、前国王ルードリッヒ・エル・アルカディアは病死していた。
「よい、気にするな。其方はその時、異国にて蛮族を駆逐していたのであろう。それより聞いたぞ、アナスタシア。蛮族に戦姫と恐れられているらしいではないか!」
「はい。」
「どうだ、奴らケダモノを滅ぼせそうか?」
「……。」
アナスタシアは返答に困る。
現王ビスマルクは好戦的な王であり、人間至上主義を掲げている。一方、アナスタシアは立場上、軍を率いて戦場を駆けてはいるが、ルナマリアの多種族共生の教えを尊敬していた。他種族であるとはいえ、獣人を滅ぼしたいなどという思想はとても受け入れ難いものであった。
「国王陛下。」
「なんだ、マグワイヤー卿。」
アナスタシアに助け舟を出したのは、整った顔の金髪緑眼の聖騎士長、『ルクシオン・マグワイヤー』であった。
「ルミナス卿をはじめ、皆、長旅で大変疲れておいでです。論功行賞も多いゆえ、早速行わせて頂きたく思います。」
「……お、おう、そうだな。確かに。流石マグワイヤー卿。すぐに始めよ。」
担当官が此度の功績と恩賞を読み上げていく。貴族としての地位を極めているアナスタシアをはじめ、これは非常に大事なものであった。
顔を伏せ、担当官の言葉を聞く救国の英雄達。アナスタシアは横目でルクシオンを見る。
ルクシオンはそれに気づいたのかアナスタシアに微笑み返すと、彼女は頬を赤らめた。
二人のやりとりに気づき、頬を膨らませる桃色の髪の女性が一人。彼女の名は『レイラ・リ・アルカディア』。ビスマルクとは腹違いの妹である。アナスタシアとは同い年で、彼女もまたルナマリアの教えを尊敬している一人である。
「野蛮な獣人共と同様に、小賢しいエルフ共も我らが領土を侵さんとしている。各人、気を緩めることなく務めるように。アルカディアに栄光を。」
「「「アルカディアに栄光を!!!」」」
ビスマルクの言葉で締められる。玉座の間を後にする官僚達。
背中を伸ばすアナスタシアの側近ルイズ。
「うーん! 疲れたぁ。早速帰って休むとしよう。」
「あぁ、ゆっくり休むといい。」
「ルミナス卿。」
その時、アナスタシアを金髪の少年が呼び止めた。
「これは、マルク殿。見ない間に、随分と大きくなられたな。」
その少年の名は『マルク・ホーネット』。四年前に討ち取られたマテウス・ホーネットの長子である。
オルガとルイズは頭を下げる。まだ、十六歳の少年だが、彼は現ホーネット家の当主。立場は上である。
「オルガ殿とルイズ殿もお久しぶりです。」
アナスタシアはマルクに申し訳なさそうな顔をする。
「申し訳ない、マルク殿。父上の仇であるレイメイを討ち取ることが出来ずに。」
「……いえ、私はお礼に参ったのです。」
「お礼?」
「はい。アルカディアの国土を守りきれなかった父の無念を代わりに果たして頂いたのです。ルミナス卿にはホーネット家を代表してお礼申し上げます。」
「マルク殿……オルガ、ルイズ、マルク殿とお話ししたい。疲れているだろう、先に帰って休んでいてくれ。」
「お嬢もあまり無理をなさらないように。」
オルガとルイズは先にルミナスの屋敷に向かった。
しばしの沈黙の後。
「マルク……ぷぷっ!」
「ふふふっ……はーっはは。」
アナスタシアとマルクは急に笑い出した。
「何故笑うアナスタシア。」
「いや、あのマルクがこうもかしこまった態度をとるのが可笑しくてな。立場は人を変えるなと。マルクはどうして?」
「先の玉座の間、お前、ずっとルクシオン様を見ていただろう。レイラ様が頬を膨らませていたぞ。」
「レイラが?」
そこに可愛い声が参戦する。
「やっぱり、気づいていなかったのですね!」
声のする方向にいたのは、王女レイラであった。
「レイラ!」「レイラ様!」
「全く……誰よりも貴方の帰りを待っていたというのに、ずっとマグワイヤー卿ばかり見てぇ。流石に嫉妬しましたわ。」
「そ、そんなに見ていたか?」
「「そりゃあ、もう!!」」
アナスタシアの顔は真っ赤に染まる。因みにルクシオンの歳は四十を超え、妻と子供がいる。
「私がどうかしたか?」
若人三人の会話に参加したのは、ルクシオン・マグワイヤーと彼の側近『ヴィオラ・ジーク』。ヴィオラは赤紫色の長い髪、美しい顔立ちの男性である。初見では女性と見間違えても、致し方ないレベルである。カストラ砦に残った老将ガノンの孫である。
「アナスタシアが先の集会でずっとルクシオン様のことを……ぐぎっ!」
アナスタシアはマルクの首を締め上げる。
「な、な、な、なんでもございません。ルクシオン様のご采配でこの度、死地から救われたことを……」
「あぁ、そのことか。それに関しては別の機会に話そう。帰ってきて早々、戦の話はしたくなかろう。」
ルクシオンはアナスタシアの頭を撫でると、一度治った顔の火照りが再び再発する。
レイラは声に出さないように笑う。
「ぷぷぷっ。それでは、皆様、これにて失礼致します。それではアニィ、ぷぷっ、しっかり休んで下さいね。」
アニィとはアナスタシアの愛称である。といっても、このように呼ぶのはレイラくらいである。
レイラは肩を震わせながら、その場を去った。
ルクシオンの側近ヴィオラは、マルクの肩を掴む。
「それでは、元気有り余るホーネット卿。私達は剣の修行と致しましょう。」
「え、今日はお休みだと。」
ヴィオラは優しく微笑む。
「いいから、いいから。」
マルクはヴィオラに引きずられながら、その場を去っていった。
「助けてくれー、アナスタシア。」
「ふん、たんまりしごかれてこい。」
そこに残るはアナスタシアとルクシオンのみとなった。
「相当な恩賞がでたな。」
「は、はい。私が留守の間、ルミナス家を守ってくれた者達にそれで報いようかと。」
「そうか。君がそう決めたならそうするといい。……先の恩賞とは別に、君の師として何か褒美をあげたい。何がいい?」
「えっ?」
アナスタシアの鼓動が速くなる。
「そ、それでは……」
「あぁ、遠慮しないで言ってくれ。」
「ご一緒に紅茶を飲みたい……です。」
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