第29話 援軍

 勝利を確信していたアノスロッドは理解出来ない。


(意識を失っていたはずだった。なのに何故、この俺が奴の剣を捌くので必死なのだ。)


 アナスタシアとアノスロッド。二人の英傑が繰り出す剣は、交わる度に周囲にその衝撃を飛ばす。


(どうなっている? 先程よりも一振りが鋭く、重い。……だが、そうでなくてはな! ルナマリアの娘!)


 アナスタシアに感情も思考もない。ただ身体が動くのみである。


 縦横無尽に動き回るアナスタシアとその攻撃を捌くアノスロッド。どちらも引かない。


 だが、その時は前触れもなく訪れた。


 アノスロッドは感じる。突然攻撃が軽くなったと。そして、次のアナスタシアの攻撃に合わせて剣を振り抜くと、いとも簡単に彼女は吹っ飛んでいった。


ズザザザザァァ


 横たわるアナスタシアは、そこで初めて意識を取り戻す。


「な、私は一体……!!!!(身体が割れるように痛い……)」


 身体に走った激痛を感じる彼女の前に、傷だらけのアノスロッドが立っている。そして、左手でアナスタシアの上半を掴み上げた。


「くっ、離せ!」


 激痛の中抵抗するアナスタシア。しかし、アノスロッドの掴みを振り解く余力は残っていない。


「……先程までの力を感じない。貴様は一体……だが、これで終わりだ。」


 アノスロッドは右手に赤色のオーラを溜める。彼女の首から上を消しとばす為に。


 その時である。突如、キメラホースの嘶きが響いた。アノスロッドに巨大な影が襲いかかる。


キュイイン ヒヒーン


 アナスタシアのキメラホースは前足を高く上げ、アノスロッドの左腕に突進した。戦姫を掴む力が弱まる。


「!!っっっっはぁ!」


 アナスタシアは最後の力を振り絞り、アノスロッドの拘束から逃れた。


 地面に落ちたアナスタシアには立つ力も残っていない。彼女の目に映るのは、相棒のキメラホースがアノスロッドを少しでも遠ざけようと、相撲のように押していく光景だった。


 キメラホースに組み込まれているイッカクサイは、群れの危機においては圧倒的格上のモンスターにも立ち向かっていくと言われている。しかし、この防衛本能は戦には不要な為、キメラ生成の際に取り除かれた筈だった。なぜ、キメラホースがアナスタシアを助ける為に己の意思でアノスロッドに立ち向かって行ったのかは謎である。


 アナスタシアは見ていることしか出来なかった。アノスロッドの攻撃を受け、ボロボロになったキメラホースが己を守ってくれていることに。


 そのキメラホースに名前はない。彼女の母、ルナマリアは絆があればそれでいいと、かつてアナスタシアに語っていた。


「ガルルルルルルルゥゥ、小賢しいわ!」


 強靭なキメラホースではあるが、その命の灯火が消えるのに時間はかからなかった。


 アノスロッドは両手でキメラホースを持ち上げると、勢いよく地面に叩きつけ、その首を掴み離さない。脚をバタつかせて悶えるキメラホース。


「や、やめろ……やめてくれ。」


 アナスタシアの願いは届かなかった。


グシャッ!


 アノスロッドの右手はキメラホースの頭部を破壊した。悶えていた脚は徐々に動かなくなった。


「決闘を邪魔するとは、意思なき獣め。決着はついているのだ。時間稼ぎにもならなかったことを主人と共にあの世で嘆くんだな。」


ヒュッゥゥ


 周囲の気温が急激に下がっていく。

 

「いいやよくやった♪ 時間稼ぎとしては十分だ♫」

「!!」


 アノスロッドの周囲二メートルに青白い円が浮き出る。そして、その円の中は一瞬にして氷の柱となった。



 アノスロッドが氷漬けになる少し前のこと。リメス砦のレイメイはアルカディア軍を壊滅させる次なる策として、カストラ砦方面に部隊を派遣していた。


「レイメイ様!! 大変でございます!」

「どうしましたか?」

「カストラに向かった部隊が、アルカディアの大群を発見。一度引き、軍師様の指示を仰ぎたいと。」

「なに? アルカディアの大群ですと?」

「はい。そして、その軍旗には七剣の紋章が確認されています。」

「七剣の紋章……新たな聖騎士ですか!」


 レイメイは考える。その報告が意味することを。



 ビキビキ……パキン!


 アノスロッドを凍らせていた氷の柱が粉々に砕ける。


「おいおい、さっきの攻撃で凍っててくれないのかい?♪」

「ガルルルルルルルゥゥ、氷の聖騎士……久しぶりだな、エルメス・サザーランド!」

「覚えていてくれたとは光栄♫」


 横たわるアナスタシアの前に立つ銀髪で、猫目の騎士。彼の名は『エルメス・サザーランド』。七人の聖騎士の一人であり、元平民である。


「エルメス……さま。」

「あらら、アナっち。随分とボロボロだねぇ♪ ルクが見たら大激怒だ♫」


 膝立ちでアナスタシアを労うとエルメスはアノスロッドと対峙する。


 広大な平原に歓声が響く。エルメスの率いてきたアルカディア軍三万が、遠目に現れたのをアノスロッドは確認した。


「さてと、形勢は逆転だ♪ まだやる?♫」

「ガルルルルルルルゥゥ、これは一体……」


 側近、ベイルノートがアノスロッドの元に駆けつける。


「アノスロッド様、あれを!」


 ベイルノートの指差す方の空には赤色の煙が天に向かって伸びていた。これは、ヴェスティアノスにのみ生息する煙樹エンジュと呼ばれる木の枝を燃やすことによって発生する煙である。空高くまで伸びる煙は遠目からでも確認できるが、アルカディア軍の硝煙魔法よりも、伝達内容の具体性は弱い。


「撤退……軍師殿にとっても予想外の事か。ベイルノート、すぐに指示を出せ。」

「はっ!」


 ヴェスティアノス軍に撤退の笛が吹かれる。別の場所で戦闘していた、ルイズ、オルガ達の戦場も同様であった。


 血だらけのオルガはバーサーク・ソウルの効力が弱まり、万事休すであった。


 バルバロッサは遠くの空を見ている。


「あれは撤退の合図。何か起きたのか?」


 バルバロッサは直ぐに撤退の指示を下した。


「命拾いしたなオルガ・メイレレス。次に会う時が貴様の最期だ。」


 撤退するヴェスティアノス軍。不思議がるオルガ、ルイズはそれぞれ軍を纏めると、アナスタシア達本隊の元へと急いだ。


「おやおや、天下のアノスロッド様が撤退かい♪」

「命拾いしたのは貴様らだ。……アナスタシアといったな。再戦を楽しみにしているぞ。」


 アナスタシアはアノスロッドのその言葉を、朦朧とする意識の中で聞いていた。


 エルメスはヴェスティアノス軍の撤退を見届け、そしてアナスタシアは気を失った。



 リメス砦にはヴェスティアノス軍の幹部が集結していた。アノスロッドを第二皇子リヒターがなじる。


「アノスロッドの兄貴が仕留め損ねるなんてなぁ。それに結構やられてない?」

「……油断した。さっさと仕留めなかった俺のミスだ。」

「ふーん。俺はカエサルの相手ばっかりだからなぁ、戦姫とやらの相手をしてみたかったぜ。あの野郎、すぐにシナールを放棄しやがって……久しぶりに暴れられると思ったのによ。」


 第三皇子バルバロッサもその会話に加わる。


「なら、後で俺と組手でもするか? リヒターにぃ。」

「それはいい。それはそうとお前もオルガを仕留め損なったらしいな。しっかりしてくれよ兄弟達。」

「お待たせしました。」


 軍師レイメイが姿を現す。アノスロッドは突如現れたのアルカディア軍について問う。


「軍師殿、あのエルメスの軍はアナスタシアの策か?」

「いえ、それはないでしょう。そこまでの用意をしていたのなら、出すのが遅すぎます。戦姫の頼りは間違いなくカエサルだったはず。」


 リヒターは不思議がる。


「ならなんでエルメスが?」

「……この一月に渡るアルカディア軍の挑発と我々の籠城。それらの情報から、私の策を見破った者がいます。遠いアルカディアの王都、『パルキア』から。」

「あん? それってもしかして……」

「はい、恐らくは聖騎士長『ルクシオン・マグワイヤー』。彼がいる限り、アルカディアを攻略するのは難しそうですね。」


 アノスロッドは腕を組みながら、ため息をする。


「ふぅ、結局はあいつか。」


 用心深いレイメイはリメス砦とシナール砦を中心に防衛網を展開。カストラ砦のアルカディア軍と再び睨み合いをすることとなる。

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