第28話 敗北と覚醒
第三皇子バルバロッサの咆哮を受けたヴェスティアノス、アルカディア両軍の兵士の感覚が戻ってくる。
「バルバロッサ様……急にされると。」
「うぅ、頭が揺れるぜ。」
「な、なんだ今のは。」
「あ、あー、あー、えっ?」
耳の感覚を確認していた人間の首が宙を舞った。
機能が麻痺した聴覚と平衡感覚を気にし、眼前の敵兵に対する意識が疎かになった者から死んでいく。それは、人間も獣人も同じであった。
「フリューゲル……」
「オルガ・メイレレス、貴様を殺すのを後回しにしたのには理由がある。……さっさとあの力を使え。俺にこの傷をつけた、あの力をな。」
バルバロッサは胸元の剣傷を見せつける。
「……随分と根に持っていたようだな。」
「当たり前だ。聖騎士でもない貴様に受けたこの傷は今でも疼く。この疼きは貴様の全力を叩き潰さないと消えはしない。」
「タイマンにした事を後悔させてやる。」
オルガは大剣を構えて詠唱を始める。
「我に潜む狂気よ、全てを喰らう暴力よ、この肉体を糧に敵を滅せよ……『バーサーク・ソウル』!!」
強化魔法『バーサーク・ソウル』
身体強化魔法の最上位魔法。魔道部隊の使用する基礎的な身体強化魔法は、強化される幅に制限がかかるが肉体に負担がかからないというメリットがある。対して、このバーサーク・ソウルは聖騎士のレゾナンス・アストラムに匹敵する強化を可能にする反面、肉体と精神に著しい負荷をかける。精神面の負担、それは敵味方の判別が曖昧になるくらいの暴力衝動に染まること。肉体と精神の強靭さ、そして高度な魔法能力が要求される。アルカディア王国において、このバーサーク・ソウルを使用できる者は、オルガを含めて三人しかいない。
オルガを禍々しい魔力が包む。バルバロッサは胸を高鳴らせる。
「いい面構えになったじゃねぇか。」
オルガは凄まじい形相でバルバロッサを睨む。彼の中にある怒りや憎しみが顔に出ている様だ。
「うがぁっ!」
バルバロッサに襲いかかるオルガ。
「さぁ、第二ラウンドの開幕だ!」
アナスタシアの剣はその振りの速さから、キュイーンと空を切る音を鳴らす。
バシュバシュバシュ
アノスロッドの右腕にいくつもの裂傷が出来る。しかし、その全ては彼の肉を切るには至らない。
「なんて頑丈な……!!」
アノスロッドの裏拳がアナスタシアの目先を掠める。
「小賢しい……その程度の攻撃では俺を倒すことは出来んぞ。」
「……。」
「さっさと剣技とやらを使え。ルナマリアの雷の様に。」
「……余計なお世話だ。」
アナスタシアは一気にアノスロッドとの距離を詰める。最初の攻防以降もアノスロッドの攻撃はアナスタシアに当たっていなかった。
「フンッ!」
「!!」
アノスロッドの右ストレートがアナスタシアに襲いかかる。その攻撃をなんとか躱し、一度距離を取る。
(なんだ今のは。動きを読まれたのか? それとも……)
「ルナマリアの娘よ。さては、剣技を使わないのではなく、使えないのではないか?」
「……それがどうした。貴様を倒すのに、この剣さえあれば充分だ。」
「剣技を使えない聖騎士など……もうよい。興味が失せた。……死ね。」
アノスロッドは鋭い目つきでアナスタシアを睨みつける。青いオーラを纏うアノスロッド。その威圧感にアナスタシアは無意識に後退りしてしまった。
「くっ、はぁぁぁぁぁぁっ!」
臆した己に喝を入れ、アノスロッドとの距離を詰める。これまで同様、目にまとまらぬ速さで斬撃の嵐を浴びせる。
ブンッ! ブンッ!
致命的な攻撃を躱しながらアノスロッドは考える。
(確かに速い。それだけならルナマリア以上だ。だが!)
アナスタシアはアノスロッドの右胸部に剣を突き立てる。
ガンッ!
「なにっ! 剣が抜けない!」
アノスロッドの強靭な右胸筋がアナスタシアの剣を捉えて離さない。
ドンッ!
一瞬、空中で動きの止まったアナスタシアをアノスロッドの左フックが捉えた。
「がはっ!」
左脇腹を殴られたアナスタシアは数メートル飛ばされ、受け身を取れずに転がっていく。
「お、オエッ! はぁはぁはぁ。」
美しい顔から透明の液体がこぼれ落ちる。止まっていた呼吸を再開するも、乱れまでは抑えられない。
「レゾナンス・アストラムか。相変わらず、厄介な技だ。内臓を破壊した手応えがない。」
生まれたての子鹿の様に足を震わせながら立ち上がるアナスタシア。
「はぁはぁ。」
「俺を殺すにはこの剣があれば充分だと言っていたな。」
アノスロッドは胸に刺さったままの剣を引き抜くと、刀身を強靭な顎で噛み砕いた。
「貴様の負けだ、ルナマリアの娘よ。敗北の決まった者には降伏を勧めるものだが、軍師殿の命により、今ここで殺す。」
「まだ……負けていない。負けるわけにはいかんのだ。」
「見苦しいな。」
アノスロッドはアナスタシアとの距離を詰める。
「!!……はぁっ!」
バシっ!
アナスタシアはアノスロッドの左頬に右ストレートを放つ。
「満足したか?」
「!!」
アノスロッドは右に傾いた顔を拳ごと、正面に向き直す。
次の瞬間、アノスロッドの左キックがアナスタシアを襲う。咄嗟に左腕でカードするも、その衝撃により再び吹っ飛ばされる。
ビキッ
戦姫の左腕の骨にヒビが入る。痛みなど感じる暇なく、アノスロッドは距離を詰める。
ドカッ!バキッ!
アノスロッドのラッシュを躱しながらも数発受けてしまったアナスタシアは咄嗟にワイヤーアクションのような右キックで応戦するも、難なく躱され、足を掴まれるとアノスロッドに振り回される。そして、勢いよく飛ばされ、巨大な岩に衝突した。
額から血を流し、ゲンナリしているアナスタシアをアノスロッドが見下ろす。
「総司令!!……騎馬隊、総司令をお救いするのだ!」
ヴェスティアノス軍後方で掻き乱していたアルカディア軍騎馬隊はアナスタシアの危機を悟り、援軍に向かおうとする。しかし、アノスロッドの側近、ベイルノート率いる部隊が立ちはだかる。
騎馬隊隊長の男は、ベイルノートによって首を刎ねられた。
「神聖なる決闘に介入しようとするなど……お前らはそこで戦姫の最期を見届けるがいい。」
アルカディア軍の指揮を任された老将ガノンも遠目にアナスタシアの危機を見る。
「ルミナス卿!!」
ガノンはアナスタシアの覚悟を受け入れていた。三方向からの攻勢に対応する為、疲弊している軍を分割。そんな中現れたアノスロッド。アルカディア軍が生き残る唯一の
アノスロッドは足元のアナスタシアを見つめ、右拳に赤色のオーラを纏わせる。
「やはり、ルナマリア程ではなかったか。」
突然のことであった。
アノスロッドが拳を構えたその瞬間、アナスタシアの周りを白い光が包み込む。それはレゾナンス・アストラムと似ているが、更に眩く、大きい。
ブシュッ
「!!」
アノスロッドの胸に斬撃が入り、血飛沫が飛び出る。
急な事に咄嗟に距離を取るアノスロッド。
虚ろな目で立ち上がるアナスタシアは白く光輝く剣を握っている。彼女の表情は意識があるのか怪しいほどであった。
「貴様の剣は砕いたはず、それは一体……。ルナマリアは言っていた。剣に力を纏わせるのが剣技だと。剣を作るなど……」
光輝くアナスタシアは次の瞬間にはアノスロッドの眼の前に現れた。鋭く剣を振るう戦姫。アノスロッドはここにきて帯刀していた青龍刀を引き抜いた。
ガキン! ガキン! ガキン!
アノスロッドを攻め立てる、虚ろなアナスタシア。だがその時間は長くは続かなかった。
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