第27話 二人の英傑
アノスロッド軍はアナスタシアと戦うのは初めてである。若き司令官の巧みな槍術はヴェスティアノス兵の想像を超えていた。
「総司令の道を作るんだ!」
「くたばれ! 獣人共!」
アナスタシア率いる騎馬隊の役目は、彼女をアノスロッドの所まで連れていく事。兵達は信じている。総司令なら勝ってくれると。
アノスロッドとその側近ベイルノートは、自軍を貫くアルカディア軍を見下ろす。
「敵の狙いがまさかこことは……いかがいたしましょうか。アノスロッド様?」
アノスロッドは新しいオモチャを貰った子供のような目をしている。
「ふっふはははははっ! そうか、そういう事か。その心意気、気に入ったぞ、ルナマリアの娘よ。ここまで来い! 望み通り、俺が相手をしてやる。」
アナスタシア率いる騎馬隊は徐々にその数を減らすが、高い士気は衰えず、ヴェスティアノス軍の後方まで迫っていた。戦姫は左右を見渡す。
「よくぞ付いて来てくれた。お前達を誇りに思う。……左の敵軍の陣形が乱れている。このまま左に流れ、敵を後方から混乱させろ。囲まれて機動力を失わない様に気をつけろ!」
「総司令……」
「よいな! ヴェスティアノスの連中にアルカディア兵の勇猛さを見せてやれ!」
「「はっ! アルカディアに栄光を!」」
騎馬隊はアナスタシアの指示通り、方向を変えて突き進む。一人となった戦姫はヴェスティアノスの最後尾に突撃する。
「ここで止めろー!」
獣人達は歓声を上げてアナスタシアに立ち向かう。
アナスタシアは槍を構える。
「そこをどけぇ!」
彼女の放った槍は串団子の様に複数の獣人を貫いた。アナスタシアはヴェスティアノス軍を突破した。
「恐るべき戦姫。聞いていた話とは大分違いますね。あの様な荒い戦術をとるとは。すぐに我々で始末を……」
「よい、お前達は下がれ。俺が相手をする。」
「アノスロッド様……かしこまりました!」
緩やかな傾斜を駆け上るアナスタシア。二人の距離は数百メートル以内となった。
「捉えたぞアノスロッド!」
「……確かにルナマリアの面影があるな。奴との闘いは心躍ったが、その娘よ、ガッカリさせてくれるなよ。」
アノスロッドは左手を腰に、右手を顔の前に構え、深く呼吸する。そして、彼の手は赤色のオーラを纏い、身体を捻る。
アナスタシアの背筋がゾクゾクする。本能が叫ぶ。躱せと。
アノスロッドは力を溜めた右手で空を突く。地面を捲り上げるほどの見えない衝撃がアナスタシアを襲う。
ズドドドド
キメラホースがキュイーンと高い嘶きをあげ、その衝撃をギリギリで躱す。アナスタシアは讃える。
「ふっ、流石だな。」
数多くの視線をくぐり抜けた彼女のキメラホースは駆ける。かつて共に戦った者の娘を乗せて。
ブルンブルンッ
「……ならばこれは躱せるか?」
アノスロッドは再び力を蓄える。そして、空中に数発の突きを放つ。
「なっ!」
キメラホースは前足を軸に後脚を高らかに上げ、アナスタシアを空高く放り投げた。
見えない衝撃が戦姫の相棒を襲う。キメラホースは数メートル程吹っ飛ばされた。起き上がる様子はない。
「……すまない。」
向かい合う両者。
「ルナマリアの娘よ。この俺の首をとれば、この戦を勝ち戦に出来ると考えたのだろう。その心意気は気に入った。だが、そうはならない。」
アナスタシアは剣の柄に手をかけつつ、アノスロッドに歩みよっていく。
「なるかならないかではない。私は皆の命を預かる立場だ。勝たねばならんのだ。お前に!」
「どのみち、貴様を仕留めに俺が出向くつもりだった。その手間を省いた事には礼を言ってやる。」
二人の距離が縮まる。
「レゾナンス・アストラム」
アナスタシアの身体が白く光り輝く。先に仕掛けたのは戦姫だった。
ブンッ
次の瞬間、アノスロッドの眼の前にアナスタシアが現れる。素早く近づき、そのまま横薙ぎ一閃。
並の者ならこの初撃で首が宙を舞っていただろう。しかし、アノスロッドは接近に対する反応が遅れたにもかかわらず、棒くぐりをしている様な驚異的な背筋でその攻撃を躱す。
「甘いわ!」
アノスロッドは体勢を崩したまま、巨木の様な右腕でアナスタシア目掛けカウンターを仕掛ける。
だが、そのカウンターは空を切った。彼女の驚異的なスピードは残像を残す。
「!!」
体勢を崩しているアノスロッド。彼の右側面には、姿勢を低くしたアナスタシアが剣を深く構えている。
躱しきれないと判断したアノスロッドは左手の裏で地面を殴る。
「なんだと!?」
その辺り一帯の地面にヒビが入り、アナスタシアの踏み込みが揺らぐ。無理に切り上げたその剣はアノスロッドの頬に傷をつける程度に終わる。
「しまった!」
人間では到底できない体術。アノスロッドはカウンターに使用した右手の裏でアナスタシアを殴った。間一髪、アナスタシアは剣でその攻撃を防御するも、あまりの威力に吹っ飛ばされる。
宙を舞う美しき戦姫は、つま先から綺麗な着地をした。
「よもや、先程の攻撃で仕留められないとはな。」
先手必勝のアナスタシアの策が崩れる。
アノスロッドは体勢を立て直す。
「その速さはルナマリアに教わったのか?」
「……母からは剣術の基本しか教わっていない。これは私が自ら練り上げたものだ。」
最強の獣人の口元が緩む。
「そうか、今ここで殺すには実に惜しい。……さっさと本気でかかってこい。出し惜しみしながら死ぬのは、貴様も嫌だろう。」
アナスタシアの頬を冷や汗が流れる。
「あぁ、全くその通りだ。」
他方面から迫り来るヴェスティアノス軍の迎撃に向かった二つの軍団。ルイズ率いるアルカディア軍は起伏のある山岳地帯で銃を上手く活用しつつ、敵の勢いを削いでいた。アルカディアの銃は単発式である。一発毎に、弾丸を装填する必要がある上、射程距離も限られている。
屍の山を築いたヴェスティアノス軍は不用意に突撃出来ずに岩陰で待っていた。いずれ訪れるアルカディア軍の隙を。獲物を仕留めんとする獣の如く。
こう着状態のルイズ軍とは違い、オルガ、フリューゲルの率いる軍は苦戦を強いられていた。
第三皇子バルバロッサはオルガ、フリューゲルというアルカディア屈指の実力者二人を同時に相手している。
オルガの大剣とフリューゲルの剣を捌くバルバロッサの青龍刀。
「その程度か! オラァッ!」
バルバロッサの青龍刀が地面を破壊する。後方に回避したオルガとフリューゲルの呼吸が乱れる。
「ったく、俺が戦姫を仕留める役を貰いたかったんだがな。まぁ、兄貴が出張ってくるならしゃーねぇ。お前らで我慢してやる。」
オルガは挑発に乗らずに笑って言い返す。
「兄貴だと? ルビードに居たはずのリヒターがここまで来ているのか?」
「リヒター兄貴じゃねえ。アノスロッドの兄貴だ!」
「「なっ!」」
オルガとフリューゲルの瞳孔が開く。
「残念だったなオルガ・メイレレス。テメェの大事なお姫様は今頃、ミンチになってるはずだ!」
大剣と青龍刀が打ち合う。激しい金属音と筋肉の軋む音。バルバロッサは剣を挟んだ状態で巨体のオルガを押す。
「ぐぬぬぬぬっ!」
「おらよっ!」
そして、オルガは吹っ飛ばされた。バルバロッサは間髪入れずに追撃する。見かねたフリューゲルが間に割って入る。
オルガ程の腕力がないその剣士は、巧みに青龍刀をいなしていく。手数では彼の方に分があった。
その連続攻撃にバルバロッサは思わず、青龍刀を手放してしまう。
「し、しまったぁ!」
千載一遇のチャンスを得たフリューゲルはバルバロッサに飛びかかる。
「その首、もらったぁぁぁ!」
バルバロッサの口がニヤつく。オルガは彼の狙いをすぐに理解した。
「フリューゲル! 耳を塞げ!」
時すでに遅し。バルバロッサは空気が揺れるほどの咆哮を発した。
「ウゥオオオォォォォォォォォォォォン」
それはすぐ近くのフリューゲルの三半規管を破壊し、アルカディア、ヴェスティアノス両軍の兵士達の動きを止めた。
「あがっ、ががが……あっが。」
眼の焦点が合わないフリューゲル。膝立ちする彼の顔をバルバロッサは右パンチで吹き飛ばした。胴体だけとなったフリューゲルの身体が崩れる。
「く、クソッタレ!」
耳を塞いでいたオルガは武器を構える。バルバロッサは悠々と青龍刀を拾う。
「……ったく、アルカディアの雑魚共はまだしも、それでもお前らヴェスティアノス兵かよ? さっさと起きて、首を刎ねて行けってんだ。さぁ、第二ラウンドだ、オルガ・メイレレス。一対一のタイマンだ。」
フリューゲルの死体を踏み越えるバルバロッサ。オルガは踏まれた死体を見ている。
「フリューゲル……仇はとってやる!」
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