第26話 誇りと自信と

アルカディアの七聖騎士

 その称号を持つ者達は、『アストラムの加護』という魔法とは違う特別な力を有している。その昔、大賢者アレイスターの親友として共に世界を救ったとされる、『剣聖アストラム』。彼は自身の絶大な力を、七人の弟子達に託したという。その弟子達の家系が聖騎士の家系となり、歴代の当主には『アストラムの加護』が宿る。一子相伝のその力は、その者が死ぬと自動的に長子に受け継がれる。アナスタシアはその一人である。


 平原にて隊列を作るアルカディア軍。アナスタシアとガノンの元に索敵兵が訪れる。


「向かってくるヴェスティアノス軍ですが、率いているのは第一皇子のアノスロッドと判明しました。」

「なんじゃと! アノスロッドは此度の戦に参戦していなかったはずでは!」

「……そうか、レイメイ。それほど私の首が欲しいのか。」

「ルミナス卿……」

「ガノン将軍、悔しいですがレイメイは常に私の数歩先まで見て策を展開しています。アノスロッドがここにきて現れたのは、個人の強さにおいて、私では奴に勝てないと踏んだからでしょう。」

「……。」


 ガノンは異を唱えない。アナスタシアはアノスロッドと闘ったことはないが、老将ガノンは彼の強さをよく知っている。アナスタシアが弱い訳ではない。アノスロッドが強すぎるのだと。


「カエサル様がカストラ砦からここに援軍に来てくださるまで、大分時間がかかります。我々だけでこの局面を乗り切る必要がある。レイメイの計算を上回る必要が。」

「……まさかルミナス卿!」

「はい。。この戦況をひっくり返す唯一の方法です。」

「それはなりませぬ! アノスロッドは他の獣人とは次元の違う強さ。貴方の母君、ルナマリア様も最後まで勝てなかった相手ですぞ!」


 『ルナマリア・ルミナス』はアナスタシアの母であり、ルミナス家前当主である。彼女は十年前に謎の失踪を遂げている。アナスタシアにアストラムの加護が宿ったことから、ルナマリアは死んだとされ、捜索は打ち切られた。電光のルナマリアと言われた彼女は、戦場を駆け、アノスロッドと何度も戦いを繰り広げるほどの強さを誇っていた。


「幼き頃、よく母に聞かされていました。アノスロッドは強さを追求する生粋の武人だと。尊敬に値するとまで言っていました。」

「なればこそ、再考してくださらぬか。ルミナス卿はアルカディアにとって必要なお方。最悪、私以下全てのアルカディア兵の命を犠牲にして、卿を逃すことができるならば、それでも良いかと思っております。」

「……子を持たない聖騎士が死んだ場合、アルカディアのどこかで、その力に目覚める者が現れる。エルメス様のように。心配なさらずとも……」

「アストラムの加護について申しているのではない! アナスタシア・ルミナスという人間を失うことの深刻さを私は訴えておるのです! それに聞いておりますぞ。卿はまだ、剣技に目覚めておられるぬと。剣技なしでアノスロッドと闘うなど……」


 アストラムの加護には二つの能力があるとされる。

『レゾナンス・アストラム』……自身の身体能力を飛躍的にあげる力。

『剣技』……固有の能力。ルナマリアはその剣に雷を纏わせていた。


 剣技はレゾナンス・アストラムの修練の先に発現すると言われるが、アナスタシアはそれにまだ目覚めていない。そして、その原因は未だ不明である。修練不足という可能性は低い。なぜなら、努力家アナスタシアのレゾナンス・アストラムは聖騎士の中でも屈指の強さを誇るからである。

 ここまでの戦において、彼女が先陣をきる場面はあったが、レゾナンス・アストラムのみで充分異次元の強さである。さしたる問題にはならなかった。


「無謀だと思われますか。ですが私とて、幼き頃より遊びで剣を握っていたのではありません。こうも侮られると奮い立つものが私にもあるのです。」

「ルミナス卿……」


 ガノンはそれ以上、何も言えなかった。アナスタシアの澄んだ碧き瞳は、かつて共に戦ったルナマリアの目を彷彿とさせた。老将は若き司令を信じることにした。


「もう、何も言いますまい。卿を信じましょう。必ずアノスロッドを討ち取ってくだされ!」

「あぁ、必ず。」


 平原にて陣を構えるアルカディア軍。そして、アノスロッド率いるヴェスティアノス軍がその一帯に姿を現した。


「アノスロッド様、どうやら噂の戦姫とやらは先陣を務められるそうですぞ。用兵に自信ありとのことでしたが、これは意外ですね。」


 研ぎ澄まされた巨体は、なだらかな傾斜の上からアルカディア軍を見おろす。


「連中が無事にカストラまで下がるには、ここで我々を撤退させる必要がある。軍師殿の策によって、敵軍は別方面からの我が軍に人員を割いている。傾斜の下りによる地理的、兵の数の優位性を失ったのだ。総大将が先陣を務め、兵を奮い立たせるのは王道の策だ。」


 アノスロッドはアナスタシアが後方から、用兵術に頼らずに真っ向勝負を挑む事に笑みを浮かべる。ライバル、ルナマリア・ルミナスの娘。如何様な実力なのか、一人の漢として興味があったのだ。


「アノスロッド様! 敵総大将の首を取る役目、是非私にお命じください。」


 アノスロッドの側近達は功績を求め、先陣を申し出る。


「よいぞ。敵総司令の首をとった者には、この戦における最大の功績を与える。己の力を見せつけよ!」


 ヴェスティアノス軍の士気が上がる。聖騎士の首を取るという千載一遇の機会に奮い立立たない者はいなかった。


 アナスタシアはその獣人達の雄叫びを澄んだ瞳で見ている。

 彼女の乗るキメラホースが荒ぶる。その馬はかつて、ルナマリアと共に戦場を駆けた過去を持つ。アナスタシアにとっては母の形見のような存在でもあった。


ヒヒィーン ブルンブルン!


「そうか、お前はこの場の誰よりもアノスロッドと戦ってきていたんだったな。落ち着けという方が無理な話だ。……共にお母様を越えよう。今ここで!」


ブルンブルン!


 アルカディア軍総司令、アナスタシア・ルミナスは長槍を天に掲げて号令を下す。


「今我々の前には最強の獣人率いる軍勢がいる! だが臆するな! 奴が最強の獣人なら、我々は史上最強のアルカディア軍だ! 剣を掲げろ! そして、振るえ! アルカディアの勝利の為に! アルカディアに栄光を!」

「「「「アルカディアに栄光を!」」」」


 戦の火蓋は切って下された。アルカディア軍とヴェスティアノス軍はそれぞれ約二万。容易にリメス砦を攻め落としたヴェスティアノス軍とは違い、度重なる戦で疲弊しているアルカディア軍。しかし、アルカディア兵の士気は高い。それは、この四年間、アナスタシアの元に積み重ねた勝利が、誇りと自信となりて彼らの背中を押す。


「アノスロッド様、敵軍が動き始めました。」

「そうか。ならこちらも全軍攻撃開始。アルカディアの雑魚共を粉砕せよ。」


 笛の音が鳴り響く。ヴェスティアノス軍は歓声を上げながら、アルカディア軍に向かっていく。


「アノスロッド様、アルカディアのあの陣形は……まるで矢のような。」


 アナスタシアを先頭に細く、巨大な矢のような陣形を形成する騎馬隊。後方の歩兵は、魔道部隊を中心に円形の陣を組む。囲まれても強い、方円の陣を形成している。


 両軍が激突する。


「戦姫! その首もらっ」


 アナスタシアの首を欲した獣人の首が空高く舞う。彼女の長槍は向かってくるヴェスティアノス兵を薙ぎ倒していく。巨大な矢はその勢いを止めない。


「我々を止めてみろ! 止められるものならなぁ!」


 穏やかだった平原に、怒号と血が飛び交う。

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