第25話 レイメイの策略 ②

 アナスタシアの顔に冷や汗が流れる。リメス砦に突如現れたヴェスティアノスの軍勢。抵抗を見せるも、持ち堪えられないと判断した砦の指揮官は、この事態をアナスタシアに伝える任を彼に与え、砦から撃って出たという。


「リメス砦が落とされた……だと。」


 アナスタシアの側近、オルガが報告に来た兵士を問いただす。


「どういうことだ! 敵はどうやって我々の索敵を掻い潜った?」

「わ、分かりませぬ。突然現れたとしか……索敵部隊の定期連絡でもそのような報告はあがっておらず。」


 オルガ達が取り乱すのも無理はなかった。レイメイが軍勢を引き連れてきたであろう南方面は、広大な大地と鬱蒼とした森が広がっており、索敵が漏れる可能性は考えられる。それゆえ、アナスタシアは南方面を牽制できるようピオラム森林地帯を軸に軍を展開していた。南方面に展開していた自軍が認識できていなかった以上、ヴェスティアノス軍はリメス砦と双子関係のシナール砦の間の何処かを通って来たことになる。

 だがリメス砦は、アルカディア王国の聖騎士カエサルのいるシナール砦と連携して、敵の奇襲に備え索敵部隊を展開していた。彼等が如何様にリメス砦を襲撃したのかこの場の誰にも分からなかった。


 この時のアナスタシアにとって、ヴェスティアノス軍が自分達の索敵を躱した方法は問題ではなかった。それよりも……


「魔道部隊にすぐさま、硝煙魔法をシナール砦と展開している索敵部隊に向けて放たせろ。……カストラ砦まで下がるようにと。」

「はっ! 直ちに。」



 ヴェスティアノス軍が籠城していた難攻不落のオケアノス砦。そこをさらに数十キロ北に、険しい山々を越えるとルビード砦が現れる。砦を攻略するだけならルビード砦の方が容易なのだが、オケアノス砦を奪取しないことには、地理的に直ぐに奪い返される立地となっている。それゆえ、オケアノス砦攻略をアナスタシアは優先していた。


 ルビード砦と向かいあうはシナール砦。ここには聖騎士の一人で厳つい顔つきが特徴的な『カエサル・マフード』が二万の兵を率いて駐屯していた。彼の役目はオケアノス砦を攻略するアナスタシア達、アルカディア本隊にルビード砦のヴェスティアノス軍が向かわないようにする事であった。


「カエサル様! 南方より緊急の硝煙魔法が確認されました。」

「何、緊急の硝煙魔法だと! 内容は?」

「カストラ砦まで撤退せよとのことです。」

「……間違いないのか?」

「はい。間違いございません。」


 カエサルがアナスタシアからの信号を受け取ってすぐ、別の兵士が駆け込んでくる。


「今度はなんだ!」

「偵察より緊急伝達。ルビード砦より、ヴェスティアノス軍が進軍を始めました。確認できたのは第二皇子リヒターと第四皇子サルガドです。」

「リヒターまで出てきたのか。……直ぐにカストラ砦まで撤退する。恐らくリメス砦が陥落したのだろう。ぐずぐずしていると孤立するぞ!」


 カエサルは迅速に部隊を整えるとシナール砦を放棄。撤退目標地点のカストラ砦に向かった。オケアノス、ルビード攻略には軍を分割しての戦いをアルカディアは強いられる。アナスタシアとカエサルの二人の聖騎士はあらゆる状況を想定していた。この迷いのなさは、その準備によるものである。



 一方のアナスタシアにも決断が求められる。目を瞑り、考えを巡らす総司令にガノンが助言をする。


「ルミナス卿、リメス砦を守護していた者達を救い出そうとは考えなさるな。総司令の情の深さをレイメイは狙っておるやもしれぬ。」

「……分かっております。」


 そして彼女は決断した。


「我々はリメス砦を放棄。これより、カストラ砦まで撤退し、カエサル様と合流する!」


 ガノンは顎髭を触りながら同意する。


「それがよろしいかと。カストラ砦にて、マフード卿と合流し、立て直しを図りましょうぞ。」


 アナスタシアは周辺の地図を広げる。


「リメス砦を経由せずにカストラ砦に戻るルートはこうなる。……急ごう、レイメイの軍勢が戻ってくる前に。索敵部隊を再編成し、広域に展開させろ。」


 

 広域に展開した索敵部隊と連携しつつ、カストラ砦に向かうアルカディア軍。オルガはアナスタシアに自身の感覚を告げる。


「フラクトールが我々の策に嵌り、討ち取られるのもレイメイの計算のうちなのでしょうか?」

「あぁ、恐らくそうだろう。」

「……奴と剣を交えた感想なのですが、あの皇子、ここまでの絵を知らなかった様でした。ただ怒りに身を任せていただけに思えます。」

「自分が我々を釣る餌になっていたことも知らなかったのだろう。奴自身が餌である事を自覚していないのだ。それが演技だと疑うことすら出来ず、我々もまんまと欺かれ、レイメイの策略通りにリメス砦を奪われてしまった。」

「レイメイは自軍の不満分子と我々への反撃を同時にしたということですか。獣人の価値観はよく分かりませんが、皇子を犠牲にする作戦など……」

「リクウはそれほどレイメイを信用しているのかもしれない。ウルフが権力全てを握っていた時とは大分変わってきているようだ。」


 後方より、兵士が駆けてくる。


「総司令、総司令はいずこに?」

「ここだ、どうした?」

「展開した索敵部隊からの報告です。東の山間部よりヴェスティアノス軍を確認。その数約一万。」

「……方角的にレイメイの率いていた軍か。」


 別の兵士が駆けつける。


「総司令! 南東の方角に約一万のヴェスティアノス軍を確認。こちらに向かってきています。第三皇子バルバロッサの姿も確認されています。」

「二方向からか……」


 二度あることは三度ある。別の兵士が報告に駆けつける。


「北西よりこちらに向かってくるヴェスティアノス軍を確認。その数約二万とのこと。」


 経験豊富なガノン達の表情が固まる。


「三方向から向かってきているだと!」

「お嬢、これは……」

「レイメイめ、我々がリメスを即放棄し、このルートを通る事を読んでいたのか。」


 アナスタシアは思考を巡らせる。この周辺の地理をもとに敵戦力に対する対応の仕方を模索する。判断ミスは許されない。


「オルガ、ルイズ、お前達の騎馬隊を四千ずつ私が借りるぞ。」

「「はっ!!」」

「フリューゲル中将とオルガ少将は南東より向かってくるバルバロッサを迎え撃て。」

「「はっ!!」」

「ルイズ少将はハムシク大佐と共に東より向かってくるヴェスティアノスを迎え撃て。あの場所なら銃撃が有効なはずだ。中距離以上の戦闘を心がけよ。」

「「はっ!!」

「他はこの先の平原にて、北西より向かってくるヴェスティアノス軍を叩く。ここが正念場だ。アルカディアに栄光を!」

「「「アルカディアに栄光を!!!」」」


 アナスタシアの指示を受けたアルカディア軍の将達はそれぞれ決戦の地へと向かう。



 ヴェスティアノスが占拠したリメス砦。軍師レイメイは砦内の司令室からカストラ砦に至るまでの地図を見ている。


「レイメイ様。」


 背中を鞭で打たれ、皮膚から血が出ているコルクスが訪れた。

 レイメイの命に反いたザルコは降格処分を受け、将としての地位を剥奪された。

 一方のコルクスは、アルカディア軍の包囲網を外からつつき、誘き出すだけの役割だったのを無理に突破し、ザルコ達を救出するという命令違反を犯した為、鞭打ちの罰を受けていた。


 レイメイはコルクスの鞭打ちの傷を辛そうに見つめる。ウルフであるザルコを罰しながらコルクスを罰しない訳にはいかない。信頼している部下を罰するという辛い決断であった。


「フラクトール様をはじめ、ウルフ達とその他の種族をまとめ、規律ある軍にするのは私の役目。それを上手く出来なかったのは私の未熟さです。コルクス、其方のその傷は、本来なら私が受けるべきものでした。」

「……レイメイ様でなければ、我が軍は瓦解し、今より多くの領土を失っていたでしょう。リクウ様もその事を承知されていたからこそ、此度の作戦をお許しくださったのではないですか。」

「コルクス……」

「リクウ様の目指される統一ヴェスティアノス。それが夢物語ではないことを私は確信しております。リクウ様とレイメイ様が居られる限り。」

「ありがとう。そう言ってもらえると救われます。」


 レイメイはその部屋から外を見る。


「獣人の統一国家……その為にもアナスタシアはここで討たねばなりません。彼女はいずれ、我々にとって大きすぎる存在になる。……聖騎士の率いる軍隊を倒すだけなら、やり方はいくらでもあります。しかし、聖騎士を討ち取るとなると話は別。それが可能な武人をぶつけなければならない。……舞台は整いました。アノスロッド様、後は頼みましたぞ。」


 生暖かい風が吹く。最強の獣人対用兵の天才の戦いが始まる。

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