第14話 太陽の魔法『ソル・フレア』

ドガッ! バキッ!


 激しい打撃音が辺りに響き渡る。


「先程までの威勢はどうした? 余を愚弄したのだ。楽に死ねるとは思うな!」


 デュークは羽を広げ、素早く立ち回る。ヘンリエッタは目でそれを追い続けてはいるが、反撃するには至らない。防戦一方である。


「貴様も気付いておるのだろう? 余の魔力は今もなお強くなっていることを。」

「……本当によく喋る。」


 デュークの言う通りであった。序盤優勢だったヘンリエッタだが、デュークの驚異的な再生能力を前に、体力と魔力を消費していくだけであった。それに引き換え、デュークの魔力は膨らみ続ける。二人の差は時と共に開いていくばかりであった。



「えっと、確かここに……あった! バテル君、これを持ってて。」


 ナタリアは自室にあった魔法書をバテルに持たせる。それはメリッサが彼女に渡した魔法の教科書である。ナタリアはすぐ近くに立てかけていた、先が丸まっている杖を手に取るとメリッサ達の元へと急いだ。


魔法書と杖

 この世界で魔法を扱えるのは、魔力を宿したごく一部の者のみである。遺伝的に魔力を所持していることが多いとされているが、遺伝に関係なく魔力を有する者もいる為、魔力の遺伝性については今も尚、その分野で研究が盛んに行われている。

 魔法書には基本的な魔法の説明や詠唱が記載されており、杖は自身の魔力をコントロールするのに有効な魔道具である。魔道を修めた者は、魔法書を用いずとも魔法を操れるが、冒険者時代のメリッサのように杖をその後も愛用する者は多い。


 デュークの蹴りで吹っ飛ぶヘンリエッタ。受け身をとる前に空中へ蹴り上げられる。力を増すヴァンパイアは空高く飛び、ヘンリエッタを上から地面に叩きつけた。


ダゴォォォォォォォォォォォン


 土煙が舞い上がる。


 ゆっくりと下降するデューク。


「もう終わりか……余興としては十分だ。」

「レイ・クライシス!」


 土煙の中から紫色の光がデュークの腹部を貫く。


「ゴフッ! まだ生きているのか?」

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 デュークが地面に降り立つ時には、ヘンリエッタが貫いた傷は癒えていた。


「余の知る人間ならとっくに死んでいるはずだが、貴様一体……」


 睨み付けるヘンリエッタ。彼女が瞬きをした次の瞬間、デュークは目の前に現れた。


「くそっ!」


 蹴り上げるヘンリエッタ。だが、空振りに終わる。


「どこを見ている、ウスノロ。」


 背後に回ったデュークはヘンリエッタの首筋に牙を突き立てた。


「……残念だったな。」

「なにっ!」


バキッ!


 ヘンリエッタのパンチがデュークの顔面を捉えた。


 デュークは牙を刺したことで勝利を確信したが、ヘンリエッタに神経毒は通用しなかった。彼女は油断していたデュークに久しぶりの反撃の機会を得た。ヘンリエッタの中で機械的な問いかけがされる。


-リミッターを解除しますか?

  はい   いいえ


 ▷はい


 ヘンリエッタを纏う魔力が赤く、禍々しくなる。


 次の瞬間、デュークの腹部に重い一撃が入る。


ズドン!


「がはっ!」

 

 間髪入れずにヘンリエッタは追撃をする。今までよりも一撃一撃が鋭く重い。一度のパンチは骨を砕く。再生能力を有しているデュークでさえ、ヘンリエッタの底が見えない事に恐れを抱いた。


 吹っ飛ばされたデューク。ヘンリエッタの背後に六つの紫色の魔法陣が浮かび上がる。


「レイ・クライシス!」


 魔法陣から放たれた六本の紫色の光が、デュークの右腕と両足を胴体から切り離した。


「グラディウス・ダムナート! 再生できないほど細切れにしてやる。」

「くっくそ! 早く、再生を!」


 ダメージの深刻さからか、デュークの再生が追いつかない。大鎌を構え、距離をつめるヘンリエッタ。だが……


-負荷が限界に達しました。制御プラグラムを作動させます。


ドサァァァ ヘンリエッタは跪く。


「はぁ、はぁ。……がないとこうも早く限界が……」

「⁇ ど、どういうことだ? まぁいい。」


 ヘンリエッタの追撃がないことを知るとデュークは羽を広げ、爆弾コウモリを射出した。


「アーメン……ムルス!」


 ヘンリエッタは先程と同様、魔法壁を展開する。だが、コウモリ一匹、一匹が先程よりも強い爆発を起こす。魔法壁にヒビが入っていく。そして……


ズドドドォーン! 凄まじい爆発がヘンリエッタを襲う。


「ヘンリエッタ!」


 ナタリアと戻ってきたバテルは叫んだ。今すぐにでも彼女の元へ駆け寄りたい。だが、ヘンリエッタからはナタリアの手を決して離すなと言われている。その言いつけに背けば、ナタリアが精神操作される。バテルにはヘンリエッタを信じることしかできない。


 土煙が晴れる。村人達は不安な表情を見せる。


「おい、嘘だろ……死んじまったのか?」

「動かないぞ……」


 うつ伏せに倒れているヘンリエッタは立ち上がる素振りを見せない。


「念の為、首を刎ねるか。頑丈な人間め。」


 身体を再生させたデュークはゆっくりとヘンリエッタに近づく。

 

「ヘンリエッタさん……」


 ナタリアは起き上がらないヘンリエッタを心配する。誰よりも彼女を心配しているのは手を繋いでいるバテルであった。


「ナタリアお姉ちゃん! 早く、魔法を。」

「バテル君……でも、ヘンリエッタさんが。」

「ヘンリエッタを信じて! 僕達に出来ることをするんだ!」


 ナタリアを見つめる赤い瞳はヘンリエッタが勝利する為にやるべきことを訴えた。


「うん、分かった!」


 ナタリアは『ソル・フレア』のページを開き、魔法詠唱を頭に叩き込む。杖をもつ彼女の脳裏には、母の指導のもと何度も魔法に失敗した記憶が蘇る。水を生成しようとすれば、スライム状の何かを生み出し、風を起こすと自身のスカートを捲り上げるだけ。小火を起こしても全く熱くない。この土壇場で試したことのない魔法を成功させられるか不安がよぎる。


「私が……私にしか出来ないんだから。」

「ナタリア!」

「お母さん……」

「太陽の魔法も他の魔法と同じく、大切なのはイメージと集中力です。貴方にとって太陽、陽の暖かさとは何ですか? それを思い浮かべるのです。」

「私にとっての……」


 太陽の暖かさ……ナタリアはある日、アイクと二人で日向ぼっこをしていた時のことを思い出した。二人でいると、村人達が茶化しにくる。そして、メリッサとフレンダが合流し、いつの間にか周りには人が集まり、笑顔が溢れる、そんな何気ない日常。そう、彼女にとってこの村全てがかけがえのないものであり、その幸せは太陽の暖かさと共にあった。


「守りたい、あの暖かさを……みんなを、私が!」


 杖を構えるナタリア。彼女の心に不安などなかった。


「大地に実りを授ける慈愛の光よ、闇を振り払い、我々を導く聖なる光よ! 我が魔力を持って今ここに顕現せよ! ソル・フレア!!」


 杖の先から放たれた光る球体は空中に漂い、辺りを照らす。その球体から発せられる光は、心地よい太陽の優しい暖かさを感じさせた。メリッサはナタリアの魔法に満足した表情を浮かべる。


「よくやったわナタリア。私の魔法に匹敵する美しい光……これなら。」


 デュークはその球体をじっと見つめている。


「お、おい。あれ本当に効いているのか?」

「平然としているぞ。あんなものなのか?」


 ナタリアの魔法に希望を見出した村人達だったが、微動だにしないデュークに違和感を覚え始める。


「フフッ……フハハハハハハッ! 素晴らしい、これがロード! 人間が作る紛い物の太陽など、余にはなんの影響も及ぼさんわ!」


 手を広げ、ナタリアの魔法を嘲笑うデュークを見て、村人達は膝から崩れ落ちる。


「終わった……もうダメだ。俺達は死ぬんだ。」


 ナタリアの手は魔法ソル・フレアを維持する為に震えている。


「紛い物の太陽の光とはいえ、鬱陶しい。……あぁ、あの女か。もう貴様は用済みだ。」


 デュークは人差し指をナタリアに向ける。


「死ね。」


 人差し指から放たれた爪がナタリア向かって伸びていく。魔法の維持に集中していた彼女の反応は遅れ、地面に倒れた。


「アイ……ク?」


 ナタリアとバテルの顔に鮮血がかかる。デュークの攻撃からナタリアを守るため身を投げ出したアイク。彼はナタリアの顔を触る。


「良かった……お前を守れて。」


 ソル・フレアはその輝きを失う。覆いかぶさるアイクの背中をナタリアは触ると生暖かい感触がする。そして、アイクは気を失った。


「そんな……いや、アイク。」

「アイク!」

「フレンダ! アイクの服を脱がして、早く!」


 真っ赤に染まった手を見て震えるナタリアと血を浴びて呆然とするバテル。 


 デュークの爪はアイクの血をつけたまま、元の長さに戻った。


「邪魔が入ったか。まぁ、いい。」


 爪についた血を舐めるデュークの魔力は更に大きくなる。


「ロードとなった今も尚、生き血で魔力が強まるのか。フフフッ! ハーッハッハ!」


 悪魔の笑い声が夜空に響き渡った。ヴァンパイアの再生能力を封じる魔法が通用しない。それは人間達にとって敗北を意味するものであった。


 バテルは血に染まったアイクを眺めている。

 

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