第15話 決着

 カナット村を流れる川を下り、見晴らしの良い場所で向かい合うナタリアとアイク。空は橙色に染まり、涼しい風が吹いている。


「どうしたの? 大事な話って。なんか、さっきから様子が変よ。」

「ナタリア……好きだ! 俺と結婚してくれ!」

「いいわよ。」


 幼い頃から常に一緒だったとはいえ、勇気を出して告白したアイクに対し、ナタリアは少しの動揺も見せない。


「い、いいのか? そんな、なんかもっとあるじゃないか。驚いたりとかさ。」

「だって、私の結婚相手はあんた以外にいないじゃない。」

「確かに、そうかもしれないけど。……一人で盛り上がっていたのがなんか悔しい。」


 ナタリアはアイクから少し離れると背を向けて遠くの空を眺めている。


「……でも、とっても嬉しい。」

「えっ?」


 ナタリアは笑顔で振り返る。


「私も大好きよ。これからもよろしくね。」

「……あぁ。二人、いや、皆んなでもっと幸せになろうな。」


 

 アイクの血を浴びて、呆然とするバテルとナタリア。


「メリッサさん、これか!」

「えぇ、それであってます。」


 立ち上がれないメリッサの前に運ばれたアイク。村人がメリッサの医療用具を持ってきた。現在、治療魔法を扱えないメリッサは、止血の為の処置を始める。


「アイク……そんな、いや。死なないで。」


 流石のフレンダも血だらけの息子を前に動揺を隠せない。


 この時の村人達の反応は二つだった。アイクを助ける為に出来ることを模索する者とデュークに殺される未来に絶望する者。後者の方が圧倒的に多かった。逃げる? 村の為に戦ってくれている旅人を犠牲に、そのようなことをする者は一人としていなかった。


 呆然とするナタリアの耳には、アイクを助ける為に奔走する彼らの声は入ってこない。

 

 彼女の耳に入ってきたのは、落ち着いた声で横から語りかけるバテルの言葉であった。


「ナタリアお姉ちゃん、さっきの魔法、もう一度やろう。」

「……。」

「このままだと、みんな死んじゃうよ。あいつの再生能力さえなければ、ヘンリエッタは勝てるんだ。」

「……無理よ。さっき見たでしょ。私の魔法はあいつには通用しない。」

「なら、このまま諦めるの? 僕、この村が大好きだよ。みんな優しくて、ご飯美味しくて。ヘンリエッタも同じ気持ちだよ。」

「……バテル君。でも、あいつには。」

「いや、通用する。僕には分かるんだ。ロードといえどヴァンパイア。弱点は変わらない。」


 話し方の雰囲気が変わったバテルの顔をナタリアは見る。少年の赤色の瞳の奥には光が宿っていた。その光はナタリアに妙な安心感を与える。


「やろう。もう一回、さっきの魔法を。」


 一方、デュークは自身の更なる可能性に酔いしれた後、身体をヘンリエッタの方に向ける。そして、再び彼女に近づき始めた。


 ……魔法の詠唱が始まる。


「大地に実りを授ける慈愛の光よ……」


 突然の詠唱。アイクの為に奔走していた村人達、そしてデュークが注目し、静まり返る。杖を掲げるナタリアと手を繋ぐバテル。


「懲りない女だ。余にはそのような紛い物は通用しない。」


 ナタリアは自身の背中を支える男性の手と声を感じた。


-いい、イメージだ。それを維持して。


(えっ、誰?)


-残りの魔力を心配しているせいで、少し集中が乱れているね。安心して、私が魔力を補填するから。


「闇を振り払い、我々を導く聖なる光よ……」


ブワッ


 ナタリアを白く、眩い光が包む。その美しい魔力はとても大きく、そして強い。周囲の村人も突然のことに驚くが、最も驚いているのはデュークであった。


「なんだ、あの魔力は……あの女め! なんなんだ! どいつもこいつも!」


 彼女を包む膨大な魔力にナタリア自身も勿論驚いた。だが、彼女の心は波一つ立たない水面のように落ち着いている。


(どんどん魔力が湧いてくる。まるで私が私じゃないみたい。)


ブワッ


 彼女を覆う、白く輝く魔力は更に強く、大きくなる。


 デュークは人差し指をナタリアに向ける。


「ふざけるな! こんなこと、あってなるものか!」


 アイクを傷つけた爪が再びナタリアを襲う。


ガキン!


 ナタリアに向かって伸びた爪は紫色の魔法陣に阻まれた。


「はぁ、はぁ。」


 ヘンリエッタは上体を起こして、右手を掲げている。


「貴様! まだ、そんな力が!」


 そして、詠唱は唱えられた。


「我が魔力を持って今ここに顕現せよ! 

ソル……フレアァァッッッッッッッッ!!!」


 空中に橙色の魔法陣が三つ現れ、それぞれが回転を始める。それらの中心部に光る球体が生まれた。それは、先程通用しなかったソル・フレアとは比較にならない程大きく、美しい光を放つ。


ジリジリ デュークの皮膚は鳥肌のような粒々を生む。


「な、なんだ! 皮膚が焼けるようなこの感覚は……余は紛い物の太陽を克服したのではなかったのか! あ、熱い! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 バテルは叫ぶ。


「ヘンリエッターーーーーーーーーっ!」


 悶えるデュークの背後に立つヘンリエッタ。


「貴様ァァ。」

「グラディウス・ダムナート!」

「や、やめっ!」


 一閃! ヘンリエッタの振り下ろした大鎌はデュークを真っ二つに切り裂いた。心臓に遠い部位から灰に変わっていく。肉体の再生は始まらない。


 彼が最期に何を見たのかは分からない。カナット村を恐怖の底に陥れた伝説のモンスターの最後の言葉は……


「兄上……今、そちらに。」


 SSランクモンスター、ヴァンパイアロードのデュークはその全てを灰に変えた。

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