第13話 王と美女

「メリッサを横に。あなた、水と布を持ってきて。それと怪我した人をここに集めておいて。私はメリッサの家から薬を取ってくるから。」

「フレンダさん、まだゴブリンの奴らが潜んでいるかもしれない。俺達も一緒に。」

「はい、急ぎましょう。」


 村人達と合流したバテル達。最も重症なメリッサの手当てを始めるフレンダ。彼女は医学を修めた訳ではないが、この約二十年の間、メリッサの助手として傷の手当ての仕方などの指導は受けていた。


「メリッサが舌を噛まないように布を噛ませて。それと手足を抑えて。激痛で暴れるはずよ。……少しの間、我慢してねメリッサ。」


 フレンダは削がれたメリッサの足の部分に薬を塗っていく。激痛で暴れるメリッサを村人達は必死に抑える。フレンダをはじめ、何人かの村人はメリッサの手当て、ゴブリン戦で負傷した者達の看護を急いだ。他の者達はアイクに詰め寄る。


「アイク、何がどうなっているんだ?」

「話すと長くなるけど、ゴブリンの襲撃、メリッサおばさんの衰弱はあのヴァンパイアのせいだ。」

「なら、俺達も戦いに行かないと。」


 無謀にもデュークに挑もうとする村人達をバテルは止めようとする。だがすぐに、彼等を止めるのに言葉は不要となる。激しい打撃音と衝撃は離れた場所にいる村人達にも十分に伝わり、それらの戦いが次元の違うものであることを瞬時に理解させた。


 彼等の中で一人、呆然としている者がいた。バテルと手を繋いで座り込むナタリアである。彼女の目からは涙がするすると流れ出ていた。


「ナタリアお姉ちゃん……」


 彼女の涙。それには、メリッサが体調を崩した原因が自分にあったことに対する、悔しさや怒りが混じっていた。


 緩い斜面を下った先の広場でヘンリエッタとデュークの拳が交わる。拮抗しているかに見えたその打ち合いを先に制したのはヘンリエッタであった。


「はあっ!」


 ヘンリエッタのパンチがデュークの腹部を捉える。前屈みになったデュークのアゴをヘンリエッタは蹴り上げた。体勢を崩したデュークに追い討ちをかけるヘンリエッタ。


「なめるな!」


 デュークは爪を伸ばし、ヘンリエッタを切り裂こうとするがそこにはもう彼女はいない。標的を見失ったヴァンパイアの背後から声がする。


「どこを見ている、ウスノロ。」


 デュークが振り向くと同時にヘンリエッタのグラディウス・ダムナートは振り下ろされる。右腕でその攻撃を受けるデューク。反撃を行う前にヘンリエッタに蹴り飛ばされた。デュークは物置小屋に衝突し、崩れた小屋の下敷きとなった。ヘンリエッタの足元に落ちたデュークの右腕は灰となり風に消えていく。


 その攻防を見た村の者達は唖然としていた。


「すげぇぞ、あの旅の姉ちゃん。あの化け物と互角、いやそれ以上だ。」

「もしかして勝てるのか?」


 湧き上がる村人達。だが、ヘンリエッタの顔から余裕は感じられない。


「はあっ!」


 崩れた小屋を纏った魔力で吹き飛ばすデューク。


「よもやこのような強者が現れるとわな。ロードになる前では、とっくに余は死んでいたであろう。」


 村人達は小屋から出てきたデュークを見て、再び恐ろしさを感じる。


「嘘だろ……さっき右腕は失ったはずじゃ?」

「ダメージ受けていないのか? ピンピンしているぞ。」


 生えた右手で握り拳を作るデューク。


「……ナタリアとゴブリンロードを支配下において、なぜ、メリッサを殺そうとは思わなかった?」

「ナタリア……あぁ、あの娘か。あのメリッサを殺さない理由。簡単だ。彼奴の大切なものを破壊する様を見せつける。余から兄上を奪ったように。そして、奴の血を今宵のメインディッシュとする為だ。」

「……。」

「余の計画を狂わせる最後の可能性、それが貴様らだった。一目で分かったぞ。ロードになる前の余では、貴様に勝てないことがな!」

「!!……そうか、あの時の視線は貴様の。」

「あのメリッサをゴブリン共に拐わせれば、それなりの実力者なら追うと考えたが、どうやら正しかったようだな。おかげで余はロードになる事ができた!」

「あれはやはり陽動か。セコいことを考える王様だ。」

「その余裕、いつまでもつかな?」


 一気に距離を詰める二人。ヘンリエッタの大鎌とデュークの長く伸び、短剣のような爪が交わる。大鎌、グラディウス・ダムナートを操るヘンリエッタはデュークを懐に入れないように間合いをとり続けながら、切り裂いていく。だが、デュークはすぐに回復すると華麗に大鎌を捌き、ヘンリエッタとの距離を一気に縮めた。デュークの爪がヘンリエッタを襲うが、彼女は鼻先でこれを回避し、バク転をしながら距離をとる。


バサッ!


 デュークの翼が広がる。その翼からコウモリが放たれ、ヘンリエッタめがけて飛んでいった。


「アーメン・ムルス!」


 ヘンリエッタは手を前に出し、紫色の魔法壁を張る。魔法壁に激突したコウモリは一匹一匹が小さい爆発を起こす。


「くっ! はぁぁぁぁぁっ!」


 デュークの放ったコウモリ全てを受けきったヘンリエッタ。しかし、土煙が晴れるとデュークの姿を見失った。


バキッ!


 側面からデュークの蹴りを受けるヘンリエッタ。飛ばされるもすぐに受け身をとる。追い討ちをかけるデュークは上空からヘンリエッタを踏みつけるがこれはかわされた。鋭利な爪で攻撃をするデューク。ヘンリエッタの大鎌は彼の腕を斬り落とし、胸を斬り裂いた。


 村人達からは歓声があがる。だが、斬り落とされた部位から直ぐに腕が生え、胸の傷は癒えていく。反応が遅れたヘンリエッタはデュークのパンチを顔面でもろに受ける。


ドガッ!


 再び吹っ飛ばされたヘンリエッタは受け身をとるもデュークの姿を見失った。


バキッ!


「ぐはっ!」


 ヘンリエッタの腹部にデュークの蹴りが入り、うずくまるヘンリエッタ。そのヘンリエッタを地面ごと蹴り飛ばすデューク。


 形勢が逆転しはじめたことは村人達が見ても明らかだった。ヘンリエッタの攻撃はデュークに届かなくなり、逆に防戦一方となったヘンリエッタにダメージが入り始める。


「あんなの反則だろ……攻撃を受けてもすぐに回復するなんて。」

「あの姉ちゃんが遅くなった、というよりあの化け物が速くなっている気がするぞ。」


 無力な村人達はヴァンパイアロードと戦っているヘンリエッタに全てを託すしかなかった。


「はぁ、はぁ、ヴァンパイアの再生能力が厄介なのは知っていますが、あれ程早いのは見たことがありません……」


 メリッサは上体を両腕で起こし、己の経験に照らし合わせる。


「メリッサ! まだダメよ、動いたら。」

「フレンダ、貴方のおかげで足の痛みは収まってきました。寝ている場合ではありません。」


 アイクはメリッサに詰め寄った。


「おばさんは昔、ヴァンパイアを討伐したことがあるんだよな? その時はどうやってあの再生能力を攻略したんだ?」

「ヴァンパイアの再生能力を封じる手段は二つ。魔道具の銀水をかけるか、太陽の魔法『ソル・フレア』の光を浴びせるか……そうすれば、身体の再生は出来なくなるはず。ですが銀水はここにはありません。」

「なら、おばさんがその魔法を打てば……」

「そうしたいのは山々ですが、呪術によって魔力が淀んでいるせいで、魔法を使えないのです。」

「そんな……どうすればいいんだ。このままじゃ、ヘンリエッタさんが……」


 二人のやりとりをナタリアは全て聞いていた。彼女はメリッサの体調が悪化してからの日々を思い出していた。弱っていく母が食べやすい料理を考え続け、メリッサがうなされている時には寝ずに看病したこともあった。それでも、母に心配をかけないよう、常に気丈に振る舞い、そばに寄り添い続けた。だが、それら全てが母を苦しめている行動だったと知った今、自分自身の存在意義をナタリアは見失っていた。


 彼女の後ろには弱った身体に怪我を負っているメリッサ。メリッサが魔法を使えないことに頭を抱えるアイクがいる。


 ナタリアはすぐそばに落ちている、宴会で使われていたナイフを見ている。


「ナタリアお姉ちゃん!」


 バテルの声のする方にアイク達は注目する。自身の首元にナイフを突き立てようとするナタリア。それを必死に止めるバテル。


「離して! 私が死ねばいいのよ! 私が死ねばお母さんの呪術は解かれる。そうしたら魔法が使える。みんな助かるの!」

「駄目だよ、そんなこと。早くナイフを離してナタリアお姉ちゃん!」

「私はもう生きていたくない……」


パン!


 乾いた音が響く。


「お袋……」

「フレンダ……おばさん。」


 フレンダはナタリアの頬を引っ叩き、自暴自棄に陥っていた花嫁は手に持っていたナイフを地面に落とした。


「この大馬鹿者! 死んだ方がいい? ふざけないで! ロイとカインが死んだあの日以降、私とメリッサは貴方とアイクが生きがいだったの。二人を立派に……それだけが全てだった。」

「でも、おばさん……私は……私のせいで。」


 ナタリアの頬を優しく撫でるフレンダ。


「おばさん?」

「……貴方は本当、昔のメリッサそっくり。普段とても明るいのに、誰よりも責任感が強くて、優しくて。カインとロイが見たら、なんて言うか……」


 フレンダの目から涙が溢れる。彼女の想いでナタリアは自分の愚かさと同時に、自身にしか出来ない事があることに気づいた。


「……お母さん、その魔法はあの本に載っていたわよね?」

「……えぇ、載っています。」

「バテル君、私と一緒に来て! 早く!」


 ナタリアはバテルと手を繋ぎながら自宅へと向かった。

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