第8話 新たな命と消えゆく命

 ナタリアは容態が悪化したメリッサの看護をしている。その間、アイクはバテルとヘンリエッタを連れて、日当たりの良い丘で座っていた。雲一つない青空から降り注ぐ日光をもってしても、青年の苛立ちを抑えることは出来なかった。


「メリッサおばさん、明日の結婚式を誰よりも楽しみにしていたんだ。ちくしょう! なんだってんだ本当。……すまん、取り乱した。」

「アイクさん……」


 バテルはこのような時、どういった言葉を選べば良いのか分からなかった。


「おーい! みんなぁ!」


 ナタリアが村の方から走ってきた。息を切らして、膝に手をつく。


「ここにいたのね。」

「ナタリア、おばさんはもう大丈夫なのか?」

「フレンダおばさんが様子を見に来てくれて。新婦さんは明日、大変なんだからって。お母さんを代わりに看てくれているの。」

「お袋が……うん? どうしたんだ、そのカゴ。」

「あぁ、これ。皆で山菜を採りにいこうと思って。バテル君達も一緒に行こう。大丈夫、そんな深くには入らないから、ゴブリンも出ないわ。」

「うん、行く!」


 四人はカナット村を囲む森の中へと入っていった。蒼く綺麗な木々が生えているその森には数種類の山菜が生えている。

 自然と暮らすこの村は、基本的に自給自足である。捉えた獣や採れすぎた野菜、木々を加工して作った雑貨などを定期的に街で売り捌き、共同資金として冬越えやモンスターの討伐依頼金に充てている。


「これ、美味しいのよ。少し苦いけどそれが癖になるの。大人の味ってやつね。」

「じゃあ、これは? 採っていい?」


 バテルは竹の子の様な草を触る。


「あっ、それは触ったらダメよ。ハレハレ草っていってね。触ったら最後……」

「ど、どうなるの?」

「おちんちんが腫れちゃうの! もう、それは痛くて堪らないらしいわ。」

「えーっ! そんな、触っちゃったよ。どうしよう、ナタリアお姉ちゃん。」

「フフッ、嘘よ。でも、それは食べられないの。あっ、ハレハレ草って名前は本当よ。」

「ひどい! 嘘ついたの?」

「ごめん。バテル君の反応が可愛くって。」

「ひどーい! 本当に焦ったよ!」


 山菜採りを楽しむ二人。それを離れた場所からヘンリエッタとアイクは見ていた。対照的にこちらは重い空気が漂っていた。


「あんなに笑っているナタリアは久しぶりだ。」

「メリッサさんのことですか?」

「そうなんだけど、あいつは自分を責めているんだ。おばさん曰く、ナタリアにも魔法の才能があるらしくて、大分前から教えていたんだ。だけど、なかなか上手くいかなくて。そんな時に今回の一件……あいつ、自分の覚えが悪いからおばさんの力になれないなんて言い始める始末でさ。相当思い詰めていたんだと思う。」

「アイクは本当にナタリアのことが好きなんですね。」

「それはな、プロポーズしたんだから当たり前さ。」


  頬を指でかくアイク。そして、バテルを見つめ、真顔に戻った。


「なぁ、ヘンリエッタさん。本当にバテル君は冒険者になるつもりなのか? 正直俺は反対だ。」

「……なぜです?」

「俺の親父とナタリアの親父はその昔、冒険者をしていたんだ。メリッサおばさんも一緒に。そして……親父達は死んだ。」



二十二年前 北方のとある街にて……


 雪の降り積もるその街に赤子の産声が響き渡る。


「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!」

「よく頑張ったなメリッサ。本当に頑張ったぞ。」


 出産を終え、疲れ切った表情の若きメリッサ。そんな彼女の手を握る男性の名は『カイン』。

 その後ろにはもう一人の男性。その名は『ロイ』。アイクの父親になる男である。


「あなた、私達の子供を抱いてあげてください。」

「お、おう。」


 産婆師より、赤子を渡されるカイン。簡単に壊れそうなその命を、慎重に、そして丁寧に抱き抱える。


「元気な女の子ですよ。」

「フフッ、緊張しすぎです。名前を呼んであげてください。」

「わ、分かった。産まれてきてくれてありがとう。ナタリア!」

「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!」

「おぉ、どうした、どうした!」


 慌てるカイン。その後ろから祝福の眼差しをおくるロイ。


「赤ちゃん、産まれたの?」


 息を切らして部屋に入ってきた女性は若き日のフレンダである。

 メリッサ、カイン、ロイの三人はカナット村の出身である。薬学と魔法医学を修めたメリッサは腕に自信のあったカインとロイ、二人の幼馴染みの説得で冒険者として各地を回る旅をしていた。旅の最中、カインとメリッサは互いに想い合い、将来を誓った。ロイもそれを祝福した。そして、メリッサはカインとの子を身籠る。三人は訪れたこの北の街でメリッサの出産を迎えることにしたのだった。


「あぁ、見てくれフレンダ。可愛い可愛い俺とメリッサの子だ。ナタリアというんだ。」

「もう、カインったら。ねぇ、ロイ。カインはきっと親バカになるわ。」

「はっはっは。そうだな。俺もそう思う。ナタリアにデレデレするのが目に浮かぶよ。」

「な、なにぃ? おい、ロイ。お前もフレンダとの間に子供を作ればこの気持ちが分かるさ。」

「なっ、カイン! お前はデリカシーというものがな。」


 慌てるロイと頬を赤らめるフレンダ。彼女は満更でもない様だ。


 フレンダはこの街のギルドで働いていた戦争孤児である。ギルドを訪れたロイにナンパされ、それから三人とは親しく付き合っている。


 メリッサの出産から二か月後。長期滞在をしていた彼らはある決断を下した。カインが意見を述べる。


「ロイ、フレンダ。俺とメリッサは冒険者を辞めようと思う。特にロイ。ずっと一緒に旅をしてきたお前には勝手で申し訳ないと思っている。……ナタリアなんだ。冒険者稼業なんていつ死んでもおかしくない。この子を見る度に、もうカナット村に帰って、落ち着いた暮らしをするべきなのではと思うんだ。」

「ロイ……」

「お前等……」


 ロイとフレンダは俯き、黙っている。カインとメリッサはロイに怒られてもしょうがないと思っていた。自分達の勝手な都合。殴られる覚悟もしていた。


「お前達なぁ……フフッ、フフフフ。」

「フフフ。」


突然、笑い出すロイとフレンダ。


「な、なんだ二人共。」

「わ、悪い。実は俺とフレンダも同じことを考えていたんだ。」

「同じことって……まさか!」

「あぁ、俺とフレンダは結婚するつもりだ。それにその、言うタイミングを逃していたんだが、フレンダの腹に……その、俺の子が。」


 唖然とするカインとメリッサ。


「本当! それは素晴らしいことだわ。おめでとう、フレンダ。ロイも。思い詰めた顔をしているから何事かと。」

「あぁ、これは一本取られた。俺とメリッサはカナット村に帰るつもりだが、二人はどうするつもりだ?」

「まさか、私だけ仲間外れにするつもり? 一緒に行くわ、カナット村に。お世話になったギルドの皆もよかったねって。」


 カインとメリッサはギルド職員達の方を見る。彼らは暖かい目で頷いた。


「まぁ、素敵。これから私とフレンダはママ友ね。」

「えぇ、改めてよろしく、メリッサ。」


 そして、カインはもう一つの考えを述べた。


「それで、話は変わるんだが、長く滞在し過ぎたせいかお金がな……俺達の旅の終わり、最後のクエストを受けようと思う。」


 カインの取り出した依頼書。それは山奥の廃教会を根城としたヴァンパイア討伐であった。


Bランクモンスター ヴァンパイア

 その姿は人間に近く、白髪で赤眼、鋭い牙を生やしているのが特徴である。身体能力は高いが弱点も判明している為、準備を怠らなければ危険度はそれほど高くはない。繁殖能力は低く、基本的に単独行動で人間の血を最も好むと言われている。


「ヴァンパイアか……確か俺達がBランクになって最初のクエストがヴァンパイアだったな。まぁ、しっかりと準備すれば大丈夫だろう。」

「決まりだな。早速、準備に取り掛かろう。」


 二日後、準備を万全にしたカイン、ロイ、メリッサの三人はヴァンパイア討伐へ向かった。彼らを見送るフレンダは幸せだった。孤児だった自分が家庭を持つ。きっと素晴らしい未来が待っていると期待に胸を膨らませていた。だが、その夜、その期待は所詮夢だったことを思い知らされた。

 泣き顔のメリッサが息を切らしてギルドに駆け込んできた。


「どうしたのメリッサ! ロイとカインは?」


 泣き喚くメリッサを問いただすフレンダ。メリッサは首を横に振った。彼らの最後のクエストは二人の冒険者の死をもって終わりを迎えたのだった。



「そのようなことが……」

「ずっと昔の、俺が生まれる前の話さ。だからヘンリエッタさん! バテル君が冒険者になることを考え直してくれ。分かるだろ、危険なんだ。」


 ヘンリエッタは少しの沈黙の後、答えを出した。


「彼が冒険者になることを望むなら私はそれに協力するだけ。それが私が受けたなのだから。」

「ヘンリエッタさん、何を言って……」

「おーい、二人共。そっちはどう?」


 バテルとナタリアが手を繋いで向かってくる。カゴには沢山の山菜が入っていた。


「えぇ、バテル。ほら、こんなに採れましたよ。」

「流石ヘンリエッタだね。」

「ちょっと、アイク。あんた全然じゃない! まさかサボっていたわけじゃないでしょうね。明日の結婚式の準備をしてくれている村の皆にお礼で配るんだから!」

「えっ、あっ、ヘンリエッタさん、いつの間に!」


 慌てて山菜を探すアイク。 その四人の光景は悪夢の前の幸せと呼ぶに相応しかった。


 一方、その頃フレンダは編み物をしながら、メリッサの看護をしていた。


「良かったわねメリッサ。この調子なら明日の結婚式、参加できそうじゃない。」


 メリッサは窓の外を見ながら呟く。


「……あの頃は思いもしなかったわ。私とあなたの子がこうして結婚するなんて。カインとロイにも是非見て欲しかった。」


 フレンダは編み物をしている手を止め、メリッサを見ながら一言。


「えぇ……本当にその通りね。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る