力と想い ~古代大戦前夜~ 「セレスティアル・ブルー」幕開け前の小さな物語
水無月 秋穂
~いつかまたどこかで~
もしあの時違う道を歩んでいたら──君と一緒に古の地、ユーディアルに残っていたら、僕は君を守れただろうか?
今の僕は──イシティリオ・レグランダイトは──ユーディアルの地に侵攻する、西軍の総指揮官だ。
「アディ……」
戦時でも何でもないような、昔の頃と同じように穏やかな夜の月を見上げて、溜め息をついた。
月明かりは柔らかく優しく、最前線に並んだ兵器──力導器機(りきどうきき)を照らしている。
これが明日、君の鼓舞する東軍に一斉に火を放つことを、君はもう、知っているのだろう。
僕は、君を絶対に傷つけやしない。
明日のために研究し尽くした、力導器機の「逆作用」──それを上手く操縦して、必ず「あれ」を成功させてみせる。
この機械知識だけが僕の取り柄で──昔、君がずっと励ましてくれたからこそ伸ばせた力──今の僕の、強み。
おそらく君も、君なりの手を考えてあるね。
それが手に取るように解ってしまうことに、不思議な安堵を覚えているよ。
信じている。
君なら、必ず東軍の猛攻を「そらしておいて」くれると。
信じている。
君は──僕が西軍の全ての力導器機を「使用不能状態」に導くことを、確信してくれていると。
僕は、西と東を隔てる、何人も越えられない壁を創る──
そして、自軍の刃により、息絶えるだろう。
おそらくは──君に見られたくないような、凄惨さの中で。
僕の心配は、それを察知した時の、君が取る行動だ。
君がユーディアルの長を引き継いでから、不思議な力を持ったと耳にした。
それは──
「ねえ、アディ……僕は本当は、ずっと、君の隣に居たかった」
ユーディアルは古の地。
火・水・風・土、万物の力を難なく扱える者が、地の長となる。
僕はかろうじて火の力を扱えた程度……
ユーディアルに馴染むには、自然を愛するユーディアルで忌避されていた「機械」を媒体にして、この小さな力を増幅するしかなかった。
「君は、いつも僕を褒めてくれたね。古の地においては珍しい機械を、難なく扱えるなんて、素敵なことだと」
少しの間俯いたイシティリオは、再び顔を上げ、同じ月を眺めていたであろうアディ──アデュラリア・ユーディアルに向けて、両の手を組んで祈る。
「僕が──力導器機の起動促進回路を開発しなければ……飛翔の力導器機を進化させなかったなら、この大きな争いは起きなかった。……僕が、ただ、君に追い付きたい一心で技術を磨かなければ──力なき者と呼ばれて揶揄され続けても、あのままユーディアルにいたなら──」
(──だけど、それはできなかった)
「……ごめん。ごめんね、アディ……僕は、君に追い付くどころか──」
必ず、あの作戦を成功させる。
争いの嫌いな君を、戦の世に巻き込んでしまった──東軍鼓舞の巫女に仕立て上げてしまったのは、僕の昔日の我が儘が発端で──
だから、必ず護ってみせる。
ユーディアルを出てからも幾度かは君と会したから、解ったこともあった。
君は、どうしたらそうなれるのかわからないくらい、優しい人間だ。
君は──人を、恨まない。争いの火種を作ってしまった、僕も含めて……。
強さとは、君の持つ想いのことをいうのだろう。
世界中全てに心を向けながら、目の前の人間のことも忘れない──あたたかな、想いのことを。
僕の目指した力の強さでもなく、この世界の覇権でもない、本当の強さとは、きっと──
「必ず、護る」
イシティリオは、傍らにあった、明日自らが操縦する巨大な力導器機──布陣した全ての器機と統御系統が繋がっている「親機」を左手でそっと撫で、微笑みを浮かべた。
(アディ……最後の我が儘だ。君が、東西の暴動さえも、その想いの力で眠らせてくれることを、願っている。そしていつか──)
「……馬鹿だな、僕は。生まれ変われるかなんて、解らないのに……長い命のまま、生き延びた君と──また会いたい、なんて」
遥かな月を見上げて、イシティリオは、そっと囁いた。
「……もし君のような力を持って生まれたなら──感情さえ統御が必要な、万物に干渉し干渉されうる力を持って生まれてしまったなら──僕は、アディの今の人生を、痛感してしまったりするんだろうなぁ……」
─FIN─
力と想い ~古代大戦前夜~ 「セレスティアル・ブルー」幕開け前の小さな物語 水無月 秋穂 @kosekiryou
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