Halloweenの悲劇

上空を羽ばたくコウモリたちから、街のあちこちにかぼちゃのランタンが飾られ始めていると聞いて、「とうとうこの日がやってきたのだ」と僕たちはウキウキした。


10月31日。ハロウィンであるこの日に限って、僕たちのように成仏できなかった死者や人ならざる者たちが、堂々と生きた人間の街に出ることができる。


「たくさんお菓子もらえるといいな~」


「今年こそはお前らよりたくさんの人間を喰ってやるぞ!」


「たくさんイタズラしちゃうぞ~」


僕と同じ幽霊たちが、お菓子やいたずらについて楽しそうに話す声に混じって、狼男やグールたちの楽しげではりきった声が聞こえてくる。


この森の中で何十年と時を過ごしている幽霊たちは、成仏することも人間の時に親しかった者たちを探すことも諦めてしまっているらしい。


生前には恐れていた、狼男やグールたちと仲良く同じ森で暮らしている。まぁ、中にはそうじゃない者もいるのだが…。


「くっそー!お前なんかに喰われなければ、今頃俺だって普通に生きてたんだからな!!このクソ犬!」


「うるせぇ!お前がこんなところに来たのが悪かったんだろうが!ちんちくりん!」


ほどなくして、幽霊vs狼男の喧嘩が始まった。幽霊は肉体を持たないので、この喧嘩は限りなく不毛である。それに喰った者と喰われたものの喧嘩なぞ日常のことであるため、特に誰も止めることはしない。


「ひぃーごめんなさああい!!」


しばらく言い合いをしていたが、狼男の吠える声と喧嘩を売った幽霊の謝る声が聞こえ、いつものことながら狼男の勝ちで喧嘩はおさまったようだった。


そんな声を聞きながら、僕はその幽霊を羨ましいと思った。


僕には、生きていた時の幸せな記憶というものがない。生きていたいという気持ちがわからないのだ。


僕の生まれた家は、それはそれは貧しいところだった。両親は、自分たちの食べるもののことで毎日喧嘩をし、その度に僕を食べてしまおうかと相談していた。


しかし、まともに食事を与えられていない僕はガリガリで、両親はこの森に捨てることに決めたのだった。


あの日、捨てられるなど夢にも思わなかった僕は、家の冷たい木の床で眠っていた。長い間、何も食べられなかった僕はずっとお腹がペコペコで、寒くて朦朧としていた。眠って起きてを繰り返し、気づいたときにはこの森の中だった。


森の中は真っ暗で、フクロウの鳴き声と木々の騒めく音が不気味に響いていた。そして、なぜか僕の傍らには、骨と皮でできたような男の子が眠っており、僕はぼんやりとそれを眺めていた。

これはなんだろうと思いながら、しばしぼんやりしていると、目の前を通りかかった女の人に声をかけられた。


「まぁ…。こんなに小さな子が。一体どうして…?」


黒い服に身を包んだ、優しそうで綺麗な女の人は、目を大きく見開くと両手で自分の口元を覆って、大粒の涙をポロリとこぼした。


とはいえ、その頃の僕は言葉も知らなければ、自我すらなかったため、何がなんだかさっぱりわからなかったのだが。


ここまで思い出したとき、街の方から賑やかな音楽と子供たちの声が聞こえてきて、もう夜になったことを知った。


僕たちは、ぞろぞろと生きた人間のいる街の方へと移動する。ジャック・オ・ランタンやモンスターの装飾が施された家々の灯りに照らされた街は、うっとりするほど綺麗で賑やかだった。


街には、生者や僕たちのほかに、成仏している幽霊たちもぞろぞろと歩いていて、彼らは生前住んでいた自分の家へと帰っていくのだった。


僕は、今回初めてハロウィンに参加したため、人の多さや街の賑やかさに圧倒されてしまった。どうしたものかと戸惑っていると、ちょうど仮装した子供たちの集団が目の前を歩いている。その中には森の仲間も数人いて、僕を見ると手招きした。どうしたらいいのかわからなかった僕は、仲間の手招きに従ってついていく。


僕たちはしばらく歩いて、一軒の家の前で立ち止まった。ずんずんと玄関まで進むとチャイムを鳴らす。


「Trick or Treat ! 」


勢いよくそういった僕たちに、玄関から出てきた2人の男の人は、ニコニコしながらお菓子をくれた。


「よく来たね。よかったら上がって行きなさい。」


僕にお菓子を渡してくれたほうの男の人が、僕たちみんなにむかってそう言った。しかし、生きている子供たちには聞こえていないのか、みんなそそくさと立ち去っていく。


とりのこされた僕と森の仲間は、顔を見合わせると、男の人に促されるままに家の中に入った。


どうやらその男の人は、死んで成仏した幽霊だったようだ。家に入った僕たちを台所まで案内した男の人は、椅子に座らせると、お菓子や食べ物をたくさん与えてくれた。そして、こう言ったのだ。


「君たち3人は、死んでからまだ3年が経っていない。この世に対する恨みや悲しみなども感じられない。今なら間に合う。私とともにいこう。」


目の前の食べ物に夢中になっていた僕たちは、意味が分からずにぽかんとした。


「行くってどこへ?」


ビスケットをかじりながら、僕の隣にいた少女が尋ねる。


「みんなが“あの世”と呼んでいる場所だよ。お嬢ちゃん。」


男の人はにっこりと微笑みながらそう言った。


「“あの世”ってどんなところ?暗いのはやだよ。」


チキンにかじりつきながら、僕の隣の隣に座っている少年が眉根を寄せて不安そうにしながら尋ねた。


「大丈夫。暗くも怖くもない。明るくて暖かいところさ。」


安心させるように少年の頭を撫でながら、男の人はニコニコとそういった。


その答えに、わぁと歓声をあげた少年と少女は、目を輝かせてパイを頬張りながら、「行きたい!行きたい!」とはしゃいでいる。


「君はどうする??」


2人の様子をニコニコと見つめたあと、真剣な顔つきに戻った男の人は、僕を真っ直ぐに見据えると訊いた。


「僕は…。」


言い淀んでしまった。暗くて寒くて寂しい森に帰らなくていいのなら、僕だってそうしたい。


でも…。


言葉も自我もわからなかった僕に、優しく教えてくれたママの顔が浮かぶ。一番最初に僕を見つけて僕のために泣いてくれた女の人は、僕に色々なことを教えてくれた。死ぬということ、親の愛情、言葉…。今の僕があるのは彼女のおかげだ。


「君は迷っているみたいだね。じっくり考えて大丈夫だよ。ただ、あすの朝には、我々はもう戻らないといけない。」


男の人はそう言った。今日はこの家に泊まっていくといいさと付け加えた男の人は、くるりと僕たちに背中を向けると、すたすたとどこかへ行ってしまった。

背中には、鳥のような白い翼が生えていた。


「あの人、天使だったんだ…」


その後ろ姿を見送りながら、隣に座っていた少女がポツリと呟いた。


その日、僕たちは森に帰らず、その家に泊まることにした。暖かい家の中で眠っていた僕たちは、家の外から聞こえる大勢のガヤガヤした物音に目を覚ました。


「静かに!!いいというまで絶対にここから動かないで!!」


僕たち3人と家の住人を守るように立ちはだかった男の人は、背中越しにそう言った。なにがなんだかわからないながらも、大変なことが起きていることがわかった僕たちは、3人で固まって震えながら小さく返事をした。


「おい!クソ天使!!俺のガキどもを返しやがれ!!」


ガヤガヤと騒がしい中で、ひときわ大きな声が聞こえた。しわがれた年寄りのようなその声からは、とてつもない怒りが感じられる。


「そのガキどもを返さねぇなら、この家の人間の魂を頂いていくぞ!!」


その言葉が聞こえたのと同時に、窓の外が炎の燃えている時のように明々とし始め、家のドアがものすごい勢いでどんどんと叩かれ始めた。


「困ったなぁ」と小さく呟いた男の人は、何があってもじっとしているんだよ、と僕たちに釘を刺して、天高く舞い上がった。


男の人がいなくなって数時間。何か金属のぶつかる音やしわがれた声で聞こえる暴言など、いろいろな音が聞こえてきているが、何が起きているのかはわからない。僕たち3人は、ただただ固まって震えていた。きっと森のみんなが怒っているんだ、僕たちはそんなことを言いながらどうしたらいいのか分からずに怯えていた。


そこから、更に時間が経過した。鳥の羽ばたきのような大きな音が立て続けに聞こえてきたかと思うと、外が先ほどとは違う白い眩い光に包まれた。


ママはどうなったんだろう。この場所に来てたのかな…。


僕は、どうしても窓の外が気になって、そちらへ行こうとしたが「ダメよ…!」と小声で力強く少女に言われ、すかさず引き戻されてしまった。


「離せよ…!!」


少女を引き剥がそうとしたが、掴まれた手首の力は強く、なかなかうまくいかない。外からは、先ほどとは違う大勢の誰かがおり、ヒソヒソとなにかを話している。僕は、少女から逃れようともがきながら、なおも窓の方へ視線を向け続けていた。すると、窓の上側の右端によく知っている顔がこちらを覗いているのを発見した。


「ママ…っ!!」


僕は、満身の力で少女の手を振りほどいて、そちらへと駆けた。窓枠で目元しか見えないが、僕がそちらへ駆け寄るとママはにこりと目を細める。


と、同時に窓ガラスが割れて、大きくてゴツゴツとした手に僕の下半身は掴まれた。


「キャアアアアアーーーーーーーーーー」

「ダメだと言っただろぉーーーーーーーー」


少女の悲鳴と男の人の悲痛な叫び声が、僕が聞いた最後の音だった。


~完~

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魔の森 じゅりえっと @Juliette08

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