死者の恋人

季節は夏。雑誌のライターをしている私は、ちょうど『真夏の奇譚・怪談特集』という記事のライティングを任された。


もともと、オカルトに無関心な私にはネタたがなく、迫る締切に向けて何を書こうかと困っていたのだった。


そんな時、実家に住んでいる祖母が亡くなった。


私の実家というのは、この国の北のはずれにある街である。訃報を聞いた私は、原稿のことに焦りを感じながら実家に帰るべく飛行機に飛び乗った。


その日の夜に到着し、三日後に葬儀が執り行われ、それが済んだら遺品の整理だ。祖母の遺品を整理していると、古いアルバムが出てきた。中には、大きな森が写された写真が挟まっている。「なんだこれ」と言いながら、その写真を眺めていたとき、私はふと、この街の外れにある森のことを思い出したのだった。


「ねぇ、母さん。この森って…妙な噂があったわよね?」


私は、近くにいた母に訊いてみた。私の質問を聞いた母は、一瞬ギクリと表情をこわばらせ、眉間にシワをよせると「まぁ…。」と小さな声で呟いた。


それからふいとそっぽを向くと


「……そうね。でも、そんなものは、ただのおとぎ話だわ。作り話よ。」


そう言って部屋を去っていった。その、明らかに不自然な母の態度は、物心ついてから18歳で私が実家を出るまでの間、一度も見たことがないものだった。


違和感を感じつつも、「疲れたから寝る」と言って出て行った母に、これ以上何かを問いかけることは不可能だった。


遺品整理が済んだ翌日の午後、私は森について調査すべく街に出た。路上であらゆる人に声をかけるものの、冷たくあしらわれたり、馬鹿にされたりした。


“やっぱり無理よね…。”


諦めて帰ろうとしたその時、一人の老人が私に声をかけた。


「お嬢さん、あそこへ行かないと約束してくれるなら、森について知っているやつのところへ案内してやろう。」


長い白髪に豊かなヒゲ、曲がった腰と立派な杖。さながら魔法使いだった。


北部の夕暮れ時といえども、やはり夏は夏だ。猛暑と喉の渇きで限界だった私は、老人の言葉に救われた気がした。


「決して行きませんわ。約束します。」


私は老人に固く約束をし、案内してもらった。


老人に連れられやってきたのは、古いカフェだった。木の匂いと香ばしい珈琲の香りで満ち溢れた店内は、うす暗い照明がぼんやりとついていて、外の暑さが嘘のように涼しかった。私と老人が店に入った時、カウンターには年老いた男性一人が座っていて、こちらを振り返った。


「よぉ、ジョン。遅いじゃねぇか。そこの嬢ちゃんはおめぇの恋人か?」


男性は笑いながらそう言った。


「いんや。この嬢ちゃんは森のことを知りたいそうだ。力になってやってくれんか?」


ジョンがゆったりと言うと、その男性は驚いた顔になった。


「なんだってそんなもん知りてぇんだ?まさか…?」


困ったような怒ったような表情で、男性は私を見たあと、なにか思い出したような顔になった。


「いえ…その…」私が言いかけたとき、隣にいたジョンがこう言った。


「この子はおそらくエリーんとこの孫だ。」


「はぁ、どうりでな」そう呟いたその男性は、納得した顔をし、私たちを自分の隣の席へ手招きした。そして、座るように促した。私たちは、男性・ジョン・私という順番に並んだ。


「その…、さっきはすまなかったな。エリーのことは気の毒だ。ご愁傷様。」


私が席に座ると同時に、男性は謝罪してきた。そうして手を差し出すと「俺はルイスだ」と名乗った。目の前に手を差し出されたジョンは不愉快そうに顔をしかめた。


「メアリーです。エリザベスは、私の祖母です。」


差し出された手を握り、私も名乗る。それから、さっきから気になっていたことを訊いてみた。


「あの…、もしかして祖母と親しかったのでしょうか?」


ルイスは驚いた顔で私を見たあと、ジョンに視線を送った。視線を受けとったジョンは困ったように眉根を寄せて肩をすくめた。


「私、あんまり祖母の記憶がなくて…。」


実家で一緒に住んではいたものの、早朝からどこかへ出かけ、帰宅しても自室に閉じこもり、家族が集う場においても口数の少なかった祖母とは、数えるくらいしか会話をしていなかったように思う。


「そうか…。」

「ふぅむ…。」


二人は、同時にそう言うとしばらく顔を見合わせて黙ってしまった。しばしの沈黙の後、ルイスが言った。


「エリー…。おめぇさんのばーさんは…、本当にいい奴だったんだ。あんな…あんな森になんか近寄んなければなぁ…。」


悔しそうにそういうと、天井を仰ぎ見た。


「祖母の死は、なにかあの森に関係しているんですか?」


私は、恐る恐る聞いてみた。じつは、私は棺の中を見ていないのである。当時、原稿のことで頭がいっぱいになっていた私はなんにも疑問に思わなかったが、葬儀前に駆けつけたにも関わらず、棺の中を知らないというのは、なにかおかしい。


「…エリーは…、お嬢さんのばあさんはな…、連れてかれちまったんだ…。」


ずっと黙っていたジョンが言った。


「連れてかれる…?誰に…?」


話についていけなくなった私は、顔をしかめて問うた。


「心して聞くがいい」ジョンが言い、ルイスを見た。彼はため息をつくと話し始めた。



祖母であるエリザベス(エリー)は、ジョンとルイスと、それから私の祖父であるハンスと同級生だった。ジョンとルイスとハンスは、学生の時から仲良しで、その関係はずっと続いていたらしい。あるとき、ハンスはエリーに一目ぼれし、一年間の片思いの末に付き合うことになった。昔から美人で穏やかだった祖母は、みんなに好かれていて、祖父が付き合えたこと、結婚できたことは奇跡に等しかった。

ハンスとエリーは順調に交際し、三年目で結婚。二年間は順調で、みんなが羨む幸せな夫婦だった。しかし、子供が出来た三年目のある日。ハンスが仕事で留守の間にエリーは行方不明になってしまう。

捜索隊が、くまなく街中を探すも見つからず。捜査五日目に、ようやく北のはずれの森の奥から放心状態で見つかった。

そこを境に、エリーは少しおかしくなった。真夜中や早朝の外出が増え、子供を放ったらかしにして部屋に篭ることが増えた。見かねたハンスが注意するも、外出中や部屋にこもっている時の記憶がないらしく困った顔をして謝るだけだった。そのうちに、ハンスは交通事故で他界。(たしか、私の母が15歳。)

その後も問題行動は続き、ジョンとルイスが、母の面倒を見に来ることもあった。それから数十年後に私が誕生するのだが、二人が言うには、エリーは行方不明になった時から容姿が変わっていないらしい。たしかに、ぼんやりと思い出せる彼女には、シワ一つ無かった気がする。

祖母が亡くなった日の早朝、偶然にも実家に野菜を差し入れに来たルイスは、家から出てくるエリーを目撃。背が高く青白い顔をした金髪の青年とともに、エリーはいなくなった。この青年というのが、10歳の時に森の中で死んだルイスのお兄さんにそっくりだった。


~終~


雑誌より


いつから噂されているのか定かでないが、私が住んでいる国の北のはずれには、入ったが最後、二度と出てくることができないと言われている森がある。


ある人は、その森の奥深くには大昔に狼男が住んでいたと言い、また、ある人は、そこに入ってゾンビのような男の子に追いかけられ、兄を亡くしたと言う。


これから記すのはついこの間亡くなった、私の祖母の話だ。


~完~











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