DIARY:4 〜晩夏のソファ上の決戦の話

はい、今回はシリアスに書きますがくだらない話です。でも、個人的にこういう雰囲気は好きです。では、第4回・・・・・・。




今年も少しずつ涼しさが増し、秋めいた今日この頃・・・・・・。


俺の部屋には5、6年前からお世話になっている黒いソファが置いてある。ドンキで買った一万程度の物だが、子供の頃からソファに憧れ、初めて買った物でとても思い入れがある。


様々な人が腰を下ろしたこのソファには沢山の誰かとの想い出もあるが、中には俺が一人で経験した衝撃的な思い出もあるのだ。


今日は久しぶりにそれを思い出したので書きたいと思う。



―――――数年前の8月くらいだったと思う。まだ暑さは厳しく、猛威を奮っていてあの日も俺は暑さに参っていた。その日はエアコンの効き目も心無しか弱く、じわじわと滲む汗の不快感に顔をしかめていたのを覚えている。


いつものように仕事から帰り、お気に入りのYouTuberの更新された動画を楽しんでいた。仕事で荒れた心に潤いと笑顔を与えてくれるYouTuberの動画は俺にとって、最高のコンテンツだ。炭酸飲料と割ったアルコールを片手にまったりとした時間が流れていく。


そして、面白い動画に笑ったりしていたその時だ。


ブウゥゥ〜ン!ビタァッ!!


「は・・・!?」


羽音。その直後に重量感のある何かがぶち当たる音。動画に夢中になっていた俺は一気に現実へと引き戻され、顔を上げた。


それは、勘が良かったのか、それともただの偶然か。視線を上げた先、天井近くの壁にはいた。


黒光りする楕円形の身体。何かを探し求めるように蠢く一対の触角。人の生理的な嫌悪と恐怖を呼び起こさせるそのフォルムは小さいにも関わらず、俺を戦慄させるには充分だった。


そう、黒光りするG、ゴキブリだ。


平均的な大きさより、やや大きいかという感じのそいつは今、壁に飛び付く為に使ったであろう羽をゆっくりと仕舞い停止する。


俺は突然の事態に身体を動かす事が出来ず、ただヤツの一挙一動を見守るしかなかった。


向こうもこちらを伺っているのか、触角をセンサーのように僅かに揺らすのみで静止している。


緊張で身体が強張り、一秒一秒がとても長く感じられる。次にヤツがどう動くのか。その事に身体は全神経を注ぎ、頭の中はヤツを撃破する方法を導かんとフル回転していた。


一時しのぎの手段は有り得ない。例え、撃退したり、こちらが安全地帯に逃げられたとしてもヤツは物陰に息を潜め、俺が睡魔に身を預けるのを待って再び動き出すのだから。現れたら確実に倒す。それがGと対峙する時の鉄則だ。


普段、電子機器にばかり頼っているせいか、俺のテーブルにすぐにヤツを撃破出来る物はない。もちろん、殺虫剤といった便利アイテムも今は台所の奥だ。攻撃手段が無いという事がどれだけ恐ろしい事かは、ホラー映画やゲームの主人公が嫌という程、教えてくれている。


(何も出来ない・・・!かといってこのままじゃ逃げられるかもしれないし、最悪こっちに飛んでくる可能性も・・・!!)


互いの距離は目測にして3m程。ヤツが羽を開いて飛び上がれば一瞬で詰められる距離だ。


――そして、永遠に思えた時間は不意に動き出した!


ジー、と耳障りな音を立ててヤツが飛び立つ。進行方向はこちら側。俺が確認出来たのはそこまでだった。


脳裏に広がる危機感に任せて俺は全力で身を横に翻す。火事場の馬鹿力とはよく言ったもので、普段では考えられない程素早く俺は床を移動した。


そして、すぐさま近くにあった雑誌を手に取り、振り向いた時にはヤツはソファ側の壁からさらに横合いのタンスの上に着地。そのまま流れるようにタンスの裏へと姿を消した。


どこへどう移動したのか。その後、俺は勇気を振り絞り、タンスをどかしたり、テレビ台を動かしてヤツを探したが見付ける事は出来なかった。


その夜、俺は一晩中、ヤツの襲撃を警戒、怯えながら羽音の幻聴を聞いたような気がして飛び起きたりと眠れない夜を過ごした。

結局、ヤツはその後現れる事はなく、更には俺の住んでいた部屋に現れたGはヤツが最初で最後だった。


・・・・・・・・・一体、ヤツはどこへ行ったのだろうか。今も脳裏に鮮明に残る記憶だけが夏にソファを見る度にヤツを思い出させる。


出来れば二度と遭遇したくはないが、滅多に窓を開けず、部屋の扉もほぼ開けることのない、あの夏の密室でヤツはどこへどう逃げたのか・・・。それだけは今も俺の中で残り続ける謎であり、恐怖の象徴たるヤツを絶対に乗り越える事が出来ない、という事実を突き付けてくる記憶である。








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