バベリバ・バリビ VS 右腕スーパーパンチャー

 四時間目。国語。


 国語教師の東初菜あずまはな先生が黒板に書いていく、古典の説明がさっぱり分からない。


 やっぱり、古典は苦手だ。


 それにもう腹が減ってて、ぜんぜん頭が回らない。


 給食の献立表には、大好きなカレーだって書かれてた。


 あと十五分で、授業が終わる。食べたいな、早く。


 そんなこと思ってると小さく腹が鳴り、前の席の、メガネのミヤオが振り向いて、ニヤって笑った。


「藤田、きょうも鳴ったな」

「きょうも鳴ったよ、ミヤオ」


 いつも四時間目には腹が鳴って、いつもミヤオがチェックしてくる。


 なんか知らんけど、ミヤオって人のことチェックするの好きなんだよな。


 まあ、おれは窓がわのいちばんうしろの席で、だから周りのみんなにはバレない。


 で、おれはいま、机の上に置いた、ミヤオから渡されているノートに困っていた。


 ノートには、


『名前 バベリバ・バリビ

 攻撃力 80

 防御力 70

 必殺技 バベリバーベキュー

    ・すべてを燃やす火炎放射

    ・手から出る

 弱点 基本、水に弱い

 決めゼリフ「さあ、バーベキューの時間だ」 』


 って書かれている。


 くそー、バカみたいな設定だけど、でもちょっとおもしろい。


 名前はなんか語呂がよくて、だれにもバレないように小さな声で言ってみたら、聞き心地がよくて、なんか気に入った。


 それに弱点の「基本、水に弱い」って。


 みんなそうだろ。おれもそうだよ。


 まあ、そんなことより、おれはこれに勝てそうなキャラを作らなきゃいけない。


 縦に並んだ「バベリバ・バリビ」の説明文の横には「VS」って書かれていて、その横におれの考えたキャラの説明文を途中まで書きこんでいた。


 一応、


『名前 右腕スーパーパンチャー

 攻撃力 90

 防御力 60

 必殺技 右腕スーパーパンチ

    ・発動までの時間がかかる

    ・このときだけ、攻撃力が300

 弱点 パワータイプだから、スピードが遅い』


 っていうところまでは書いた。


 だけど、決めゼリフがぜんぜん思いつかない。


 いちおう、「おれに右腕を使わせるな」とか「ほんとは左利きなんだがな」とか考えてみたけど、なんかハマってない気がする。


「うーん」


 小さく唸ってペンを回すと、


「藤田、またやってんの?」


 って、となりの清水杏子しみずきょうこが、先生にバレないよう前を向きながら言った。


「うん」

「いま何勝何敗だっけ?」

「一勝四敗」


 おれの勝率に、清水がちいさく噴き出す。


 そりゃそうだ。この戦い、ミヤオが圧倒的に有利なんだから。


 この戦いが始まったのは、いま大人気の少年アクションマンガ『三日月と金属バット』の話をミヤオとしたことがきっかけだった。


 その話のなかで、ミヤオが「まあ、おれのほうがもっとかっこいいキャラ作れるけどな」って言った。ミヤオは、具体的にどういうことしてるのかは分からないけど、いちおう漫画家を目指してるから、おれが「そんなわけないだろ」って返したのがムカついたみたいで、「じゃあ、勝負な」って、オリキャラ対決することになった。


 で、始めてから気がついたんだけど、けっきょくジャッジはミヤオだったから、ぜんぜん勝てなかった。


 ミヤオが言うには、「お前のキャラ、いつも名前がダサイ。あと、決めゼリフからキャラクターの背景が見えてこない」んだそうで、「お前だってそんな変わんねえじゃん」っておれはあんま納得いかなかったけど、たしかにいつもダサイっちゃダサイ。


 だけど、一勝だけしてる。


 で、それは清水のおかげだった。


 清水は、中二には見えないくらい大人っぽい見た目で、しかも切れ長の目と低い声と肩まで伸ばしたすげえキレイな黒髪のせいで、まわりからクールだってちょっと怖がられていた。


 おれも最初はちょっと怖いなーと思ってたんだけど、ミヤオとの対戦をずっと清水には見られてて、そんでそのときの清水は、すごく楽しそうだった。


 で、三戦目のとき。


 そのとき考えた「デンゲキマン」の決めゼリフがなかなか決まらなくてウンウン唸ってたら、


「できないの?」


 って、清水に言われた。


「うん。決めゼリフが」


 って思わず言ったら、


「貸して」


 って言って、清水がノートを奪った。


 で、清水は腕を組んでちょっと考えてから、なにかを書いて、おれにノートを返してきた。


 で、決めゼリフのところに、


『シビレたろ?』


 って、書かれてた。


 正直、マジでシビレた。


 これなら、ミヤオの作った風使いの『ヒューイ・ヒューイ』におれの『デンゲキマン』が勝てるかもしれない。


 そしてほんとうに、おれはミヤオに一勝した。


 ミヤオが言うには「とにかく決めゼリフにシビレた」んだそうで、ほんとに清水のおかげだったんだけど。


 で、そのお礼をしたのがきっかけで、清水とよくしゃべるようになった。


 で、意外だったんだけど、清水は『三日月と金属バット』を読んでるみたいで、そのほかのマンガとかアニメにも詳しかった。で、ミヤオも一緒になって休み時間はよく三人でしゃべるようになった。


 クールだと思ってたけど、ぜんぜんそんなことない。


 で、そんな清水に親近感がわいた。


 おれも、ガタイがよくてゴリラ顔っていう見た目のせいで、よくみんなから卓球部だってことイジられてたから。


 べつにガタイがよくても卓球部でいいし、べつにクールな見た目でマンガが好きだっていいんだよ、ほんとは。


 とかいろいろ思い出していて、ふと時計を見たら、授業終了まであと五分だった。


 やべえ、決めゼリフ、ぜんぜん出てこねえ。


 ってまた頭を抱えたら、


 グーキュルルルルルー!


 って、腹の鳴る大きな音が右から聞こえた。


 みんながいっせいにうしろを向く。


 っていうか、みんなおれを見てない?


 おれは「濡れ衣です」って言いたかったけど、言えなかった。


 たぶん、犯人は清水だから。


 で、どうしようって思ってたら、


「また鳴ったな」


 って、ミヤオが言ってきた。


 で、気がついたら、おれは立ち上がってた。


「先生、腹が減りました!」


 おれの言葉に、教室が笑いで揺れた。


 東先生も笑いながら、


「まあ、育ち盛りだからねえ。それに藤田くん、卓球部だから朝練あるし、しょうがないよねえ」


 って、言ってくれた。


 東先生、ほんと優しいなあって思った。


「でも藤田、補欠ですよ!」


 って、前のほうの席の、調子乗りの鈴木が言った。


 で、また教室が笑いで揺れた。


 ムカついて言い返そうとしたら、


「がんばってるから腹が減るんだよ!」


 って、なんでかミヤオが言った。


「まあまあ、みんな頑張ってるよ。はい、再開再開」


 って東先生が言って、教室がもとに戻った。


 おれも席に着いて、


「ありがとな」


 って、ミヤオに言ったら、


「がんばれよ、補欠」


 って、言われた。


 ミヤオ、やっぱりなんだかんだ良いヤツなんだよな。


 って思ってたら、授業終了まであと二分になっていた。


 ヤバイ、決めゼリフ!


 って焦ったけど、ぜんぜん出てこない。


 そしたら、清水がいきなりノートを奪い取った。


 一瞬のことでキョトンとしてたら、すぐに清水がノートを返してきた。


 で、決めゼリフのところに、


『この借りはぜったいに返します』


 って書かれていた。


 それを読んで思わず吹き出して清水を見ると、顔を真っ赤にして前を見ていた。


 やっぱ清水って、ぜんぜんクールキャラじゃないな。


 って思ってたら、チャイムが鳴った。


 さっそくミヤオが振り返って、


「できたか?」


 って聞いてきた。


「うん」


 って言って、ノートを渡す。


 で、真剣に読んだミヤオが、


「なんだよ、この決めゼリフ。敬語じゃん。キャラと合ってねえよ」


 って言った。


「まあ、キャラっていってもいろいろあるからな」

「なんだよ、それ。それにまたキャラの名前がダサイって。お前の負けな」

「うん。まあ、はい、分かった」


 って言って、清水を見て、笑った。


 清水も、ちょっと笑って、


「わたしはかっこいいと思うよ、右腕スーパーパンチャー」


 って言って、こんどは大きく笑った。


 清水がこんなに笑うのはじめて見たなって思って、おれもいっぱい笑った。


「キャラに合ってなくてもいいじゃん。右腕スーパーパンチャーは、なんだよ」


 って笑いながら言ったら、


「どういうことだよ。意味わかんねえ」


 って、ミヤオも笑った。


 これで一勝五敗だけど、まあ、べつにいいや。


 今日の給食は大好きなカレーだし。

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