臭くないほうの四つ葉のクローバー

 あたしの左手には、神秘十字線がある。


 すごい強運の相だ。


 知ったのは小四のころで、それを友だちに教えてもらってから、もともとちょっと興味のあった占いのことが、もっともっといっぱい好きになった。


 さいしょは、その友だちがちょっと知ってた手相占いを勉強した。


 感情線、知能線、運命線、結婚線、財運線、金星帯……


 手のシワには、小学生のアタマには入りきらないくらいほんとに色んな意味があって、マジでパンクしそうだった。


 でも、ひとの過去とか未来とか性格とか、とにかく全部が手のひらに詰まってるって考えただけで、ワクワクが止まらなかった。


 それで手相占いにハマって、ハマったらすることはひとつで、クラスのみんなの手相をみせてもらうようになった。


 最初はあたしとおんなじくらいみんなノリノリで、ワーっていっぱい来て、「何歳くらいで結婚するのか?」とか「お金持ちになれるのか?」とか、いろんなコの将来の不安を占ってあげた。


 なのに、すぐみんな飽きちゃって、手相をみせてくれなくなった。


 で、けっこうビビったんだけど、そのなかのだれの手にも神秘十字線はなかった。


 で、もしかして自分は特別な存在なんじゃないかって思った。


 とにかくツイてて、ずっとずっとラッキーなことばかり起きるんだろうなって、その時は、ほんとにマジでそう思ってた。


 それからほかの占いのこともマジで真剣に勉強して、けっこうそういった知識をいっぱい増やして、たまに頼まれて占ってあげたりしてて、気がついたら中二になっていたって感覚。


 なのに、ぜんぜん良いことない。


 どんくらい良いことがないかっていうと、いま夏休みの三日目なんだけど、宿題と飼い犬のコロンボの散歩以外に、予定が一個もない。


 中二の夏休みって、もっとキラキラしてるって聞いてましたけど……


 占い、やめちゃっおかなあとか、最近は考えたりしてる。


 ずっと遊んでた友だちはみんな中一のときから部活で忙しいし、あたしはそれですごいヒマだったから、できたばっかりの天体観測同好会にことしの五月に入ったんだけど、中学生が夜にいろいろ活動するのはよくないみたいで、あんまり活動もない。


 顧問の東先生は、地味なんだけど意外と美人でとってもいい人だから、好き。


 いちおう部員はあたしを入れて三人いるんだけど、ほかのふたりは男子で、ひとりは星オタクで、もうひとりはたぶん東先生が好きで入ってきたエロいヤツで、だけどなんか、居心地は良かった。


 でも今のところ活動の予定もないから、あたしはいま、とってもヒマだった。


 で、リビングのソファでゴロゴロしてたら、


「バフッ」


 って、コロンボが「散歩の時間だぞ」って、ヘンな声で言ってきた。


 で、あたしは立ち上がって、おしりを二回かいてから、準備をはじめた。



◆◆◆



 家の近くに川があって、その土手がいつもの散歩コースで、今日もそこに行った。


 午後四時半だったから、昼間よりちょっと涼しくなってるけど、それでもやっぱり暑い。


 で、散歩のときはいつも四つ葉のクローバーを探してるんだけど、いままでぜんぜん見つけられなかったし、今日もぜんぜん見つからない。


 下の河川敷の野球グラウンドには、ユニフォームを着たおじさんがいっぱいいて、たぶんあれは草野球だ。


 こんな暑いのに、なんかすごい楽しそうで、「よくやるよなあ」って思った。


 あたしなんかよりも、ぜんぜん元気だ。


 おじさんたちのほかにも、ジョギングしてる人とかいろいろいて、みんな、なんか楽しそう。


 ここで一句よんでみようかなって、



 夏の川

   みんな楽しく

       やってるね



 って詠んで、自分のセンスの無さに絶望した。


 でもべつに、俳句の人になりたいわけじゃないから、ほんとはそんなに絶望もしてない。


 そんなどうでもいいこと考えてたら、赤いリードの先で尻尾を振りながら歩いてたコロンボが、道のわきに寄って気張りだした。


 コロンボの散歩のなかで、正直これがいちばんイヤだった。


 ウンコの色も形も臭いも、マジでキツイ。


 で、ぜんぶ出したコロンボが、ちょっと前に歩いて振り返って座った。


 顔で「お前のターンだ」って言ってる。


 あたしはため息をついて、散歩バッグからコンビニ袋を取りだした。


 で、しゃがんで、コンビニ袋を裏返して手袋みたいにして、まだあったかいウンコを拾って、つつむように表にもどして、口をしばって、散歩バッグに入れた。


 なにやってんだろ、あたし?


 とか思いながら、さっきまでウンコがあったとこ見たら、四つ葉のクローバーがあった。


 いや、持ってけないじゃん。


 って、もうどんな感情でいたらいいのか分からなくなって、


「おいー!」


 って、ちょっと大きな声を出してしまった。


 そしたら、


「あれ? 山中じゃん」


 って、最悪のタイミングで後ろからだれかに呼ばれた。


 で、振り向いたら、そこに同級生の藤田未来ふじたみらいがいた。


「あ……おっす」


 って、恥ずかしいのごまかして言ったら、


「おっさんかよ」


 って、藤田が笑った。


 藤田は背がデカくて、けっこうゴツくて、それで顔もゴリラみたいだったから、あんまり中学生には見えない。で、そんな感じなのになぜか卓球部で、しかも補欠だった。


「山中さ、なにしてんの?」


 あたしがしゃがんでるの気になったみたいで、藤田が聞いてくる。


「あー……あれ、ほら、これ、四つ葉のクローバーがあるんだよね」


 って指さしたら、


「へえ」


 って、藤田があたしのとなりに来てしゃがんだ。


「ほんとだ。おれ、四つ葉のクローバーって、見るの初めてかも」

「マジで?」

「マジで」

「そうなんだ」

「うん。山中さ、これ持って帰るの?」

「いや、あたしはいいかなあ……」

「占いとか、こういうの好きじゃなかったっけ? 欲しくねえの?」

「まあ。でも、はいいかなあ」

「そっか。じゃあ、記念におれがもらっていい?」


 言って、藤田が四つ葉のクローバーに手を伸ばした。


「待って!」


 テンパりながら、藤田の腕をおさえたら、


「え、なになになになに?」


 って、藤田もテンパった。


「これ、あれなの、臭いの」

「は?」

「犬のウンコついてんの、それ」

「マジで?」

「マジで」


 藤田がコロンボを見て、ちょっと間があって、笑った。


「あっぶねえ。いやあ、そうか。でもそんなことある?」

「最悪でしょ?」


 言って、あたしも笑った。


「たしかにな。じゃあ、あれだ、臭くないほうの四つ葉のクローバー、さがそうぜ」

「え?」


 って言ったときには、もう藤田は四つ葉のクローバーを探しはじめてた。


「いいよ。悪いよ、藤田」

「おれさ、お前にお礼しなきゃなーって、ちょうど思ってたんだよね」

「お礼? なんかあったっけ?」

「ほら、中一のときさ、お前に占ってもらったことあっただろ」

「あー」


 あんまよく覚えてないけど、たしかに占った。


「でさ、あのときおれ、中学でも卓球つづけようか悩んでてさ。そんであんま信じてなかったけど、お前に占ってもらったらさ、『続けたほうがいい。レギュラーになれるから』って言われたじゃん」

「そうだったっけ?」

「そう」

「それで続けたわけ? あたしの占いで?」


 なんか、逆に悪いことしちゃったような気がする。


「まあ、それだけじゃないんだけどさ、とりあえず続けることにしたんだよ」

「ごめん。外れちゃったね。ほんと、ごめん」


 マジで、もう占いやめよう。


「いや、外れてねえよ」

「え?」

「おれさ、こんどレギュラーになったんだよ」

「マジで?」

「マジで」


 マジか。


「でも、それは藤田ががんばったからでしょ。あたしの占いは関係ないよ」

「かもしんないな。でもさ、山中の占いのおかげで続けられてたんだよ、おれ」


 そうなのか。

 あたしの占いも、だれかの役に立ってたんだ。

 なんか、ちょっと嬉しい。


「あ。おい、あったぜ!」

「マジで?」


 言って、藤田のとこ行ったら、ほんとに四つ葉のクローバーがあった。


「ほい」


 四つ葉のクローバーを摘み取って、あたしに渡してくる藤田。


「マジでいいの? もらって」

「いいよ。お礼だからな」

「ありがと」

「じゃあ、腹減ってるから、帰るわ。今度さ、試合で勝てるかどうか、占ってくれな」

「あ、うん」


 って、うなずいたら、藤田もうなずいて、帰っていった。


 顔あんなだけど、藤田って、中身はけっこうイケメンなのかも。


 こんどまたほんとに藤田を占うことになったときのために、もっと占い勉強しておこうかなってちょっと思った。


 ヒマだし。


 で、


「帰るよ」


 って言ったら、


「バフッ」


 って、いつものヘンな声でコロンボがこたえた。


 で、臭くないほうの四つ葉のクローバーをクルクル回しながら、あたしはコロンボと一緒に歩き出した。


 で、ふと思い出して左手を見た。

 


 あたしの左手には、神秘十字線がある。

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