私を溶かしてくれるのは

14-1

「小坂ちゃん!」

チョコレート菓子の品出しをしていたときにしげさんに呼び止められた。しげさんの隣には、明るい茶髪で、濃いメイクで大きな目が強調された若い女の子が立っていた。

「紹介するね!今日からここで働いてくれるアリサちゃん!小坂ちゃんと同い年だから、仲良くなれるんじゃないかな?」

「Nice to meet you! アリサって呼んでね!」

「初めまして、小坂志帆です」

「シホね!OK, got it」

こういう子、うちの大学にもいる。帰国子女で、英語と日本語をミックスして話して、良く言えばフレンドリーで、悪く言えば敬語が全く使えない子。正直、苦手なタイプ。

「これからよろしくね!」

しげさんに言われた手前、愛想笑いで対応するが、私とアリサさんが仲良くなれるとはとても思えなかった。


アリサさんは、すぐにレジに入ってバリバリ仕事をこなしていた。接客については特に口出しをしないのがしげさんの方針のため、敬語が間違っていてもお咎めなし。自由にやれる環境のおかげで、愛嬌があってハキハキと話す彼女の長所が発揮され、すぐさまレジの戦力となってエツコさんにも気に入られていた。今や“アリサちゃん”と“えっちゃん”の仲だ。


働き始めてから2週間も経たないうちに、すっかりアリサさんは職場の中心にいる存在となっていた。控室は基本的に荷物置き場だったのに、アリサさんが来てからいろいろな人がここで雑談をするようになった。大人数での会話は苦手で、私は遠巻きに話を聞いていることしかできなかった。


「アリサちゃんの英語はほんと外人さんが話してるみたいね」

エツコさんがアリサさんのきれいな英語の発音に感心していた。

「イギリスに住んでたから。3 years」

「あらそうなの!しげちゃん知ってた?」

「僕は面接で聞いたので知ってました」

「イギリス行ったことある?」

アリサさんは年上の2人に対してなんのためらいもなくタメ口で質問をした。

「私はないわー、憧れちゃう!」

「僕、海外行ったことないんだよね」

「Oh my god! しげちゃん絶対行った方がいいよ!You should」

アリサさんは、“しげちゃん”って呼んでるんだ。自分で断ったくせに、私も“しげちゃん”と呼んでおけばよかったと今更後悔する。

しげさんとお話できる機会が減って、私の居場所がだんだんなくなっていくように思えた。


わからないことがあるときはいつもしげさんに聞くようにしていたのに、私が手を止めていると、聞いてもいないのにアリサさんが勝手に教えてきた。もちろん、悪気がないのはわかっている。忙しいしげさんに聞くより、その場で解決できた方が効率的だと思う。そんな様子を見て、しげさんも「チームワークいいね!」なんて声をかけてくる。アリサさんが来てから、日常の歯車が全く噛み合わなくなった。


クリスマスの日以来、久しぶりに外国人のお客さんを見かけた日があった。これはチャンスだと思った。またこのお客さんを助けたら、しげさんに褒めてもらえる。そう思ったときだった。

「Hi, Gerry! How’s going?」

アリサさんがお客さんに話しかけている。しかも、とても流暢な英語でお客さんと雑談で盛り上がっている。先を越されてしまった。私が唯一活躍できる場面も、アリサさんに奪われてしまった。


「アリサちゃんすごいね!」

私がかつて褒められたように、アリサさんもしげさんに声をかけられていた。

「大学の先生なの!バイト始めたって言ったら、また来てくれるって約束してくれた!」

「おお!それはいいお客さんだね!さすがアリサちゃん!」


それはずるくないか。知り合いだなんて。それは接客じゃなくて、ただ油を売っていただけではないか。なんであれくらいでしげさんはアリサさんのことを褒めるの?

ああ、こんなのただの嫉妬だ。アリサさんが来てから、自己嫌悪に陥ることが増えた。

アリサさんが来なかったら、こんな気持ちにならなかったのに、と何度考えたことか。でも、お店にとっては確実にプラスになっている。仕事ができて、職場に華を添えて、私が仲良くなれなかったエツコさんにも気に入られていて。

しげさんと二人でデートしたことが、遠い過去の幻想のように思えた。あれをデートと呼んでいいのかどうかもわからないけれど。

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