11-2
そうして、私は3日間のクリスマスバイトをやり切ることができた。
「お疲れ様でした」
「小坂ちゃん、本当にお疲れ様!大変だったでしょ?」
「さすがに3日間この忙しさは疲れました」
「本当に小坂ちゃんのおかげで助かったよ。ありがとう!あ、消費期限明日までなんだけど、ケーキ余ってるから持って帰る?」
「一人暮らしなので、食べきれないです」
「そっか、そうだよね」
少し寂しそうなしげさんを見たせいか、普段の自分なら絶対に言い出せないようなことを思いついてしまった。
「ケーキ、ここで一緒に食べませんか?」
驚いた表情のしげさんを見て、なんて図々しいことを言ってしまったのだろうと即座に後悔した。
「その発想があったか!いいね!食べよう!」
しげさんさすぐに笑顔になり、楽しそうに提案を受け入れてくれたのでほっとした。
二人で控室にホールケーキを持って行き、しげさんが紙皿とプラスチックのフォークを2セット用意してくれた。しげさんがニコニコしながら箱を開けると、生クリームの上に苺が6つと、金色の文字で”Merry Christmas”と書かれたチョコレートプレートがデコレーションされた王道のケーキが姿を現した。
二人で目を合わせて、思わず笑顔になる。ケーキを目の前にしたしげさんは、子供みたいに無邪気に笑っていた。
「ナイフもないから、好きなところから食べていいよ」
しげさんに言われて、私は生クリームがたくさんのっている部分にフォークを入れて、すくうようにして一口運んだ。
「美味しいです」
しげさんも私に続いてケーキを口に運ぶ。
「久しぶりに食べたけど、やっぱりうまいなー!」
よっぽどテンションが上がったのか、私よりも速いスピードでしげさんはケーキを頬張っていた。おじさんが必死で甘いもの食べてるの、可愛い。まさか、おじさんのことを可愛いと思う瞬間があるなんて。しげさんと一緒にケーキを食べるこの時間が、この上なく幸せに感じられた。思い切ってクリスマスのシフトに立候補してよかった。しげさんと食べるケーキは本当に美味しくて、私にとってはバイトの疲れも吹き飛ばすくらいのご褒美だった。
「小坂ちゃん、今年は今日が最後だよね?」
ケーキを食べながらしげさんは尋ねた。私の12月のシフトはこれで最後。しばらくしげさんに会えないと思うと、少し寂しい。
「はい。年末年始は帰省するので、ご迷惑おかけしますが休ませていただきます」
「全然迷惑なんかじゃないよ!この3日間こんなに頑張ってくれたんだから、ゆっくり休んでね」
「1月9日の土曜日からいつも通りシフト入るので、よろしくお願いします」
「そっか、次は1月9日か...」
壁に掛けられたカレンダーに目をやったしげさんの動きが止まった。何か問題でもあっただろうか?もし休みすぎているのであれば、もっと早くシフトを入れてもらっても構わないけれど。
「小坂ちゃんって、今年20歳になったんだよね...?」
「はい、そうですが」
「成人式行かないの?」
「あぁ」
しげさんに言われるまで、存在すら忘れていた。友達のいない私にとっては無縁の行事だと思っていたから。
「行かないです。地元に友達いないので」
今も友達はいないけど、あくまで地元には友達がいないということにしてしまった。
「でも、親御さんは見たいんじゃない?」
「前撮りしてるので。あ、写真は撮ってて親は既に振袖姿見てるので、大丈夫です」
当然のことのように説明をしたが、しげさんは想像以上に深刻な表情を浮かべていた。
「こんなおじさんの説教聞きたくないかもしれないけど、僕は高卒ですぐ働き始めたから、なんか大学通ってる同級生に会いたくなくて、成人式は行かなかったんだよね。当時は、別に行きたくもないしって小坂ちゃんみたいに思ってたけど、後々後悔して。一生に一度しかないことなのに、なんで周りの目を気にして自分の行動を制限しちゃったんだろうって」
こんなにシリアスなトーンで話をするしげさんは初めてだった。
「小坂ちゃんのシフトは12日からにするね。最終的に行くか行かないか決めるのは小坂ちゃんだけど」
いつもは優しく私の話に耳を傾けてくれるけど、今日は私が意見を言う余地すら与えられなかった。こんな風にしげさんが自分のことを話すのも初めてだったから、本当に後悔していることが伝わってきた。全く行くつもりはなかったけれど、さすがに考え直したほうがいいのかなと、少し心が揺れた。
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