バイト三昧のクリスマス
11-1
控室で、珍しくしげさんが溜め息をついていた。
「どうかされたんですか?」
「あぁ、小坂ちゃん。いや、クリスマス付近はお店忙しくなるんだけど、シフト入ってくれる人が少なくてね」
チャンスだ、と思った。しげさんの役に立てることがあるとしたら今しかない。繁忙期のお店のシフトに入るのは正直不安だ。作業にはスピードが求められるし、お客さんに話しかけられる機会もきっと多くなる。でも、今の私なら戦力になれるかもしれない。
「私、シフト入ります」
「いや、ごめん!気を遣わせちゃって!そういう意味で言ったんじゃないんだ!」
しげさんは胸の前で手のひらを合わせて言った。むしろ私は大歓迎なのに。
「23、24、25、全部シフト入れてください。レジもできるようになったし、足は引っ張らないと思います。私、しげさんに恩返しがしたいんです」
「そんな、恩返しだなんて。僕は何もしてないよ。小坂ちゃん若いんだし、友達とかと、なんか、きっとパーティーとかあるでしょ?」
私に友達はいないし、しげさんが思い描いているような大学生活を送ってはいないので、残念ながらその心配はない。
「予定は入ってないので問題ありません。それに、早くスクールの学費を稼ぎたいので、シフトが増えるのは大歓迎です」
「そ、そう?本当に無理してない?」
「はい、大丈夫です」
とても心配そうな顔をしていたしげさんだったが、自分の中で納得したのか笑顔を取り戻した。
「じゃあ、お言葉に甘えてシフト入れちゃうね!小坂ちゃん、本当にありがとう!」
入るからには、ちゃんとやらないと。忙しいときに、迷惑はかけられないから。
12月23日。何もかもがイレギュラーだった。まず、品揃えが違う。骨付きのローストチキンやパーティー用のオードブル、クリスマスのイメージのない手巻き寿司まで大きなセットで売られている。靴下型の袋に入ったお菓子が店内をクリスマスカラーに染め、ケーキもたくさん陳列されている。予約済みのホールケーキの受け渡しは、特設カウンターで行うことになっていた。
こういうときこそ、基本に立ち返ることが大切。お客さんからの質問の大半は、クリスマス関連の商品に違いない。シフトの時間の前に一通り店内を見て回り、商品の位置を把握した。
「小坂ちゃん、ほんとにありがとね」
レジに入る直前にしげさんに声をかけてもらって、さらにやる気が出た。
レジをフル回転で回しても列が一向に途切れないほど、私が今まで経験した中で一番混雑していたけど、問題なく捌けている自分がいた。慣れって怖い。いや、全部しげさんの指導のおかげだ。
レジをしながら、店内を見渡せる余裕もあった。小学校低学年くらいの男の子を連れたお母さん、大学生くらいの若いカップル、おそらく買い出しに来たと思われる近所のレストランか何かで働いていそうな人。そんな中、店員と長いこと話している外国人のお客さんが目に止まった。英語が通じなくて困っている様子だ。だとしたら、私が助けられるかもしれない。私だって話せるわけじゃないけど、スーパーで聞かれるくらいの簡単なことならたぶん聞き取れるし、答えられる。これはもしかして、私にしかできないことなのではないか?
そう思い始めると、心臓がバクバクする。見ず知らずの人に自分から話しかけるなんて、極力避けてきた行動だ。でもこれは、今、私にしかできないこと。初めてこのお店で、私にしかできないことで、役に立てる。
「しげさん!」
急に呼び止められて驚いたしげさんが飛んで来た。
「どうした?何かあった?」
「一瞬だけレジ変わってもらってもいいですか?」
「うん!いいけど…」
「ありがとうございます」
しげさんに頭を下げて、外国人のお客さんのもとに駆けつけた。しげさんに私の成長を見てほしいという一心で、声を振り絞った。
「May I help you?」
「Where can I find bonito?」
聞き取れた!
「カツオがどこにあるか聞いてます!」
「あー!ありがとうございます!本当に助かりました!」
英語がわからず困っていた店員に伝えてあげると、急いで売り場まで案内していた。
やった!初めて役に立てた。嬉しくて顔が綻んだ。
「小坂ちゃん!すごいね!英語勉強してるから、わかるんだね!」
レジに戻ると、しげさんは目をキラキラとさせていた。
「商品の場所を聞いていただけで、そんなに難しい会話ではないので」
いつものように私を元気づけるためではなくて、心の底からしげさんが褒めてくれているのがわかってすごく嬉しかったけど、喜んでいるのがバレないように謙遜して答えた。
「すごいよ!僕高卒だし、英語なんて全然わからないから…ほんとにすごいよ!」
「ありがとうございます」
「小坂ちゃんがうちのスーパーに来てくれて、本当によかった」
それは私にとって、何よりも言われたかった言葉だった。
「これからも、よろしくね」
そう言ってしげさんはレジを離れていった。
よかった。勇気を出して、話しかけに行ってよかった。今まで迷惑をかけてばかりだったけど、頑張ってバイトを続けて良かったとようやく思えた。
その後は、今までになく仕事が楽しかった。私はこのスーパーに必要な存在なんだと実感できた。
「小坂ちゃん、今日レジのとき自然に笑えてたよ」
シフトを終えて控室に戻るとき、しげさんにそう指摘されるまでは気がつかなかった。たしかに、接客で活躍できたことが自信になって、そのままレジも楽しい気持ちでやれていた。おかげで、自覚はなかったけど、笑えていたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます