今までの私ならできなかったこと
12-1
成人式に出ることを伝えると、母には想像以上に喜ばれた。前撮りで写真は撮っているのに、使い捨てカメラを買って張り切っていた(母は機械音痴だから、デジカメやスマホは使えない)。
朝早起きして美容院に向かうと既に何人かの女の子が髪型のセットを始めていて、知っている顔がいるのではないかとビクビクしたけれど、私が入ってきたことに注意を向ける人なんて誰もいなかった。
前撮りのときは、家族も「別人みたい」と言うほどの丁寧なプロメイクを施してもらったが、美容院のメイクはラメをたくさん使った派手な印象に仕上げられてあまり好きではなかった。着付けしてもらうときにお腹が鳴って、「朝ごはん食べてきた?」と聞かれたのがか恥ずかしかった。でも、また振袖を着られることは少し楽しかった。
着付けを終えると母と合流して、一緒にタクシーで成人式の会場に向かった。普段はスポーツの大会が行われるような大きな体育館で、ほかにも国立大学の入学式もここで行われたりしている。
タクシーを降りると、キャーキャー騒ぎながら自撮りする女子のグループや、袴を来た男子と金髪女子のチャラそうなグループが目についた。あまりの居心地の悪さに来たことを後悔したが、ただ席に座って話を聞いていればいいだけだと自分に言い聞かせて、母親と別れて受付を済ませて中に入った。
正面には『千葉市 成人を祝う会』と書かれたパネルが吊り下げられていて、左には日の丸、右には千葉市のマークらしきものが掲げられていた。係員に「詰めて着席してください」と案内されたので、1席だけ空いていた通路側の席を見つけて座った。一人で来ている風の人は私だけのように感じられて、気まずい思いをしながらスマホをいじって式が始まるのを待った。
開式の辞の後、国歌斉唱を挟んで市長の式辞や来賓の祝辞が続く。その後、実行委員会と呼ばれる新成人が10人くらいステージに上がった。小学校の同級生の有志で、成人式の準備をしていたそうだ。式に参加する本人たちが関わっていたというのが驚きだった。一人ひとり自己紹介を終えると、プレゼントの抽選が始まった。ペア旅行券とかテーマパークのチケットとか、特に魅力的には感じられなかった。
当選した人はステージに上がって、出身小学校と一言抱負を述べていた。中には同じ小学校の人もいたけど、クラスが違うせいか知らない人だった。「引っ越してきたので知り合いは居ないのですが…」と話していた人もいて、たしかにそういう人もいるだろうなと思った。私は地元だけど、一緒に参加できる人も、会いたいと思える人も全くいない。
式は1時間弱で終了した。外に出て、なんとなく会場の外観を写真に収める。特に楽しいこともなければ、嫌なこともなかった。成人式がこういうものなのだと知れただけでもよかったかもしれない。今度しげさんに会うときに、「成人式大したことないですよ」って教えてあげよう。
「小坂さん?」
突然私を呼ぶ声がして、驚いて振り向いた。
「小坂さんだよね?私、同じクラスだった杉田だよ、覚えてる?」
はっきりと覚えている。中学で同じクラスだった杉田さん。誰とでも仲良くできて、女子からも男子からも人気があって、私とは住む世界が違う人で、私と関わることはないんだろうなと思っていた。
「覚えてる」
「ほんとー!よかった!遠くから見て、絶対小坂さんだと思って」
私だと気づいたとしても、話しかけてくれる人がいるとは思ってもみなかった。
「小坂さんが書いてた小説、いつも読んでたよ」
「えっ!」
教室の掲示板にタコ糸で吊るしていた文芸冊子を読んでいる人なんて誰もいないと思っていた。そして、みんなペンネームで書いているので、クラスメイトとはいえ話したこともない人が、私が書いていたことを知っていたのが衝撃だった。
「毎月楽しみにしてたんだ。でも、あの頃なんとなく小坂さん話しかけづらくて」
当時から、話したいと思ってくれていたんだ。目立たないようにすることに必死で、そんな風に思ってくれている人がいることなんて、想像しようともしなかった。
「ありがとう」
「よかったら、あっちで写真撮らない?」
杉田さんは好意的に接してくれるからいいものの、これ以上ほかの人に会うのは怖かった。でも断る理由もなくて、何よりせっかく話しかけてくれた杉田さんを邪険に扱えなくて、杉田さんの後をついて行った。すると、見覚えのある顔が何人か集まっていた。
「あー小坂さん!久しぶり!」
そのうちの一人が、普通に私の名前を呼んだ。
「みんなで写真撮らない?」
「いいよー撮ろう!」
杉田さんの提案にみんなが乗った。杉田さんの人徳もあるかもしれないが、私が輪の中に入ってもみんな当たり前のように受け入れてくれた。成人式のお祭りテンションだからかもしれないけど、中学時代を振り返ると考えられない光景だった。
「後でみんなに写真送るねー。小坂さんID教えて」
当然のことのように私は杉田さんと連絡先を交換した。
「あーごめん、親と合流しなきゃ。小坂さん、また会おうね」
私は頷いて、杉田さんと別れた。
行って良かったと、心の底から思った。自分はみんなから嫌われているとずっと思い込んでいたけれど、ただの無口な人としか思われていなかったのかもしれない。そして、杉田さんのように、私の存在をちゃんと認識してくれている人がいたことにも気づいた。私の心にずっと残っていた10代の暗い記憶が、少しだけ良いものに上書きされた感じがした。
成人式に行った方がいいって言ってくれた、しげさんのおかげだ。私はしげさんに、本当にいろいろなことを教わった。しげさんのおかけで、ちょっとずつ変わることができている。早く会って、お礼が言いたかった。
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