どうしてそんなに優しいの?
10-1
今日から、実際に接客をしながらレジ業務を習得することになった。レジの画面に関しては、自分で空白のボタンを書いた紙を用意して、何のボタンかすべて書けるようになるまで完璧に暗記した。でも、いざお客さんと対峙してやりとりをするのは、怖い。
「小坂ちゃん、緊張してるね?」
控室でメモを必死で見返していると、しげさんに顔を覗きこまれた。
「大丈夫だよ。僕がちゃんとフォローするから」
しげさんの助けになりたくてレジを覚えようと思ったはずなのに、結局、私が励まされている。でも、しげさんがついていてくれるのは本当に心強いし、一緒に仕事できるのが少し嬉しかった。
シフトの時間になり、しげさんと一緒にレジに入った。教わった通りにレジ担当者を変更して準備を整えると、しげさんがガッツポーズをして微笑んでくれた。
幸い、夜のお客さんは購入する商品数も少なく、落ち着いて作業することができた。それでも、私はレジの操作で精一杯で、お客さんへの声がけとカゴ詰めはほとんどしげさんがやってくれた。しげさんに続いて、せめて「ありがとうございました」と声に出してみるけど、ロボットみたいな喋り方になってしまう。
しげさんは、やっぱり愛想がいい。というか、言葉遣いが丁寧で敬語なところ以外は、お客さんの前でも、私やスタッフの前でも、変わらない。いつも通りの自然な笑顔。
しげさんが私に「ハキハキ喋ろうね」とか「笑顔で接客しようね」とか言わないのは、たぶん自分がそんなこと意識してやってないからなんだろうなと思った。
「小坂ちゃん、レジ打つの早いね!」
お客さんの流れが止まったタイミングで、しげさんが声をかけてくれた。カゴ詰めも接客もしていないのだから早く打てて当たり前なんだけど、それでもしげさんは褒めてくれた。
「しげさんに、いろいろやらせてしまってすみません」
「僕いろいろやりすぎちゃったかな?小坂ちゃん1人で全然できそうだね!」
そんなことはない。私の一番苦手な接客はしげさんにやってもらっているのだ。
「私、しげさんみたいに接客できないです」
思わず、本音をこぼしてしまった。すると、しげさんは少し考えてから、ゆっくり話し始めた。
「小坂ちゃんは、ニコニコしてて愛想はいいけどお釣りを間違える店員と、無愛想だけど正確にお会計をしてくれる店員、どっちがいい?」
「...正確な店員です」
私の答えを聞いて、しげさんが続けた。
「僕は、レジに一番必要なことは、安心してお金の受け渡しができることだと思ってる。どんなに品揃えを良くしても、あのお店のレジは信頼できないと思われたらお客様には来てもらえなくなるからね」
「たしかに、そうですが...」
「小坂ちゃんはそれが当たり前だと思ってるかもしれないけど、すごく重要なことだよ。小坂ちゃんは責任感があるし、僕は向いてると思う」
しげさんは真剣な顔で私を見つめている。そんなことを言ってもらえるとは思ってもみなかった。言われてみれば、カゴにきれいに商品を詰めれないとか、感じの良い接客ができないとか、自分がお客さんにどう思われるのかばかりを気にしていた。レジの本来の役目は、正しく会計を行うことだ。しげさんの言葉は、私のレジ業務に対する意識を変えてくれた。
「そう考えると、頑張れそうな気がしてきました」
「うん。レジの仕事は、きちんとお金のやりとりができるだけで100点満点だよ!」
しげさんは、またいつものように笑っていた。
私が逃げ出しそうになったとき、諦めそうになったとき、しげさんが何度も繋ぎとめてくれる。しげさんのおかげで、1人でレジに立つ勇気が湧いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます