9-2

夜の19時以降ならお客さんが少ないということでシフトを入れてもらい、しげさん指導のもとレジ研修が始まった。


1つのレジに“休止中”の札を立て練習用にして、しげさんがお客さん役をやりながら教えてくれた。

「まずは商品をバーコードリーダーに読み取らせてみて」

私はしげさんが持って来たカップ麺やペットボトルのバーコードを探して機械にかざした。

「うん、その調子!袋に入ってない野菜や果物にはバーコードがないから、タッチパネルで商品を選んでから、個数を入力してね」

カゴの中のキウイを手に取って画面のボタンを探すけど、数が多すぎてなかなか見つけられない。

「あった」

10秒くらい探してようやく見つけたボタンをタッチしようとしたら、しげさんに制止された。

「小坂ちゃん、キウイは2種類あって間違いやすいから気をつけてね」

「えっ!」

「小坂ちゃんが今持ってるのは、ゴールドキウイ。果肉が黄色くて、皮はツルツルしてるのが特徴だね。緑のキウイには、産毛がたくさん生えてる」

ボタンを探すだけでも一苦労なのに、たくさんの商品を捌きながら瞬時に判断して押し分けられるのか不安になる。

「間違えそう…」

「慣れれば大丈夫!最初は僕が隣についてるから」

「あの、画面写真撮ってもいいですか?」

「いいよ。えらいね、小坂ちゃんは!感心しちゃう!」

褒められるようなことは何もしていない。私にとっての最大の難関は接客だ。初歩的なところで躓きたくはない。せめて暗記でなんとかなる部分くらいは、完璧にしておきたかった。


全ての商品の読み取りが終わり、お会計の仕方を学んだ。現金の場合は、受け取った金額を入力するとお釣りの金額が自動で計算されるので、表示を見ながらお釣りを用意する。交通系ICカードなら、別途ICカードリーダーに合計金額を入力してから、お客さんにカードをかざしてもらわなくてはならない。クレジットカード決済の場合は、レシートをお客さんに渡して店舗用の控えを保管する必要がある。難しい操作はないけれど、お金を扱うので緊張感がある。


レジまわりのことを一通りさらってから、最後にカゴ詰めの方法を教えてもらった。

「最初は黙ってるから、小坂ちゃんのやり方でやってみて」

しげさんに見られながらやるのは少し緊張するし恥ずかしいけれど、とりあえず手を動かしてみる。重いものを下にした方がいいはずだから、ペットボトルは下かな?牛乳は倒しても大丈夫?カップ麺は軽いから上?いちいち迷ってしまうから時間がかかる。でもしげさんは、顔色ひとつ変えずにずっとニコニコして見てくれていた。

「できた、と、思います…」

考えながら詰めたはずなのに、一番上の商品が傾いていて不格好になってしまった。

「えへへ、自信なさそうだね。変えてもいいよ?」

「いや、もう手遅れです」

「あはは!でもすごく考えてやってくれてるのが伝わってきた」

しげさんはすごく細かくコツを教えてくれた。お客さんのカゴに入った商品の中でどれが一番重いかを考え始めると、さっきの私のように迷ってしまうので、最初にカゴに入れるものは予め自分の中で決めておくといいそうだ。例えば、お酒の6缶パックやペットボトル、牛乳などの紙パックの飲料などは必ず一番下に入れ、その後に、潰れる心配のないような野菜を詰めていくという感じで。軽いものをカゴの外に出しておくのは問題ないみたいだった。

中間層は、高さが平行になることを意識することが大事だと教えてくれた。カット済みの千切りキャベツやもやしなど、それ自体が四角くて平行な商品で段差を埋めていくことで、一番上にお惣菜などを傾けずにのせることができるのだ。お客さんとしてスーパーに行くときには何とも思っていなかったけれど、いざ自分が店員の立場になろうとすると、説明しながらいとも簡単にたくさんの商品をきれいにカゴに詰めるしげさんが本当にすごい人に思えた。

「...かっこいい」

「そんな、こんなことで褒めてくれるの?小坂ちゃんはおだて上手だなぁ」

そんなこと言うつもりはなかったんだけど、つい心の声が漏れてしまって、しげさんは想像以上に照れているみたいだった。

「小坂ちゃんも、慣れればこれくらいすぐできるようになるよ」


接客の仕方については、しげさんが最初にお手本を見せてくれただけで、それ以上は何も言われなかった。敬語とか、お辞儀の角度とか、絶対にこれは言わないといけないとか、ルールがたくさんあるイメージだったから、少しだけ気が楽になった。

作業は複雑で覚えることも多いけど、モチベーションがあるから頑張ろうと思える自分がいた。教わるのがしげさんからじゃなかったら、早々に挫折していた気がする。


「最初は僕が隣についてるから、やりながら覚えていこうね!」

「次のシフトまでに、しっかり復習して、家で覚えられることは覚えてきます」

だって、お客さんの前で作業しながら覚えるなんてそんな器用なことできない。せめて、今日教わった基本的なレジの操作は完璧にしておきたい。

「心意気は素晴らしいけど、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。最初から完璧にできる人なんていないから」

しげさんは、いつも私の心を軽くしてくれるような言葉をかけてくれる。しげさんが店長だったから、私はこうしてバイトを続けられていると、改めて実感した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る