卵パック

8-1

金曜日の夜、私はお風呂上がりにパソコンを開いて、キングマーケットのWEBチラシにじっくり目を通していた。しげさんの言葉を思い出しながら、明日限定の商品を確認する。お寿司やお刺身が全品10%OFFになるそうだ。みかんも安いみたい。

そして、明日から『ヨーロッパフェア』が始まると書かれている。フランスからの輸入チーズやスペイン産イベリコ豚、イタリアワインなど、いい値段のする商品がたくさん。聞いたことのないカタカナのチーズやワインの名前を一生懸命覚えてから、明日に備えて眠りについた。


開店まであと15分というときに、しげさんに呼ばれる声がして品出しの手を止めた。

「小坂ちゃん、おいで」

手招きするしげさんについて行くと、『ヨーロッパフェア』の特設コーナーが完成していた。ヨーロッパ各国の小さな国旗が飾られ、価格POPもほかのコーナーとは違い、おしゃれなフォントで左下にはエッフェル塔のイラストが印刷されていた。

「何かのフェアをするときは、こんな感じで一箇所に商品を並べるんだよ!小坂ちゃんに実際に見てもらえてよかった」

しげさんは、先週私と話したことを覚えてくれていたんだ。私にこれを見せようと思って、わざわざ声をかけてくれたんだ。その優しさが、とてもありがたかった。

「ワインもここに並べるんですね」

木目調のワゴンに並べられたワインを指差して尋ねた。

「そう!お酒だけど、こういうときは例外」

「ほかの商品も見てきていいですか?」

「もちろん!」

笑顔でうなずくしげさんを見てから、昨日チラシで確認した商品がどこにあるのかを探しに行った。今の私はやる気に満ち溢れていて、しげさんに頑張っているところを見てもらいたかった。


お店が開店する時間が来ても、いつもみたいな不安に襲われることはなかった。だって、こんなに予習したのだから。出題範囲が決まっている定期テストは昔から得意だ。むしろ、せっかく勉強したのだから聞いてほしいくらい。その時が来るのをドキドキしながら、残りの品出しの作業を続けた。


「すみません」

話しかけてきたのは白髪混じりのダンディーな50代くらいのおじさんだった。

「パラッツォ・ヴェッキオ・キャンティを探しているのですが見つからなくて」

昨日何度も口に出して覚えたワインの名前。待ってました。

「こちらです」

私はお客さんをヨーロッパフェアのコーナーまで案内した。

「あーここでしたか。あっちのワイン売り場見てました」

深くお辞儀をしてから自分の持ち場に戻った。初めて自力で案内できた。平静を装っているけど、心の底から喜びが湧き上がってくる。

「小坂ちゃん」

驚いて振り向くと、しげさんが両手でグーサインを出してニコッと笑ってから、私の横を通り過ぎて行った。

見てくれていたのかな?私、しげさんに成長したところアピールできたかな?しげさんのあの笑顔は、逃げずに努力した私に対する最大のご褒美のようで、心の中で大きくガッツポーズした。

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