7-2
木曜日、平日のスーパーの朝は慌しくなくて落ち着く。祝日の品出しを経験した後だと、平日はなんて量が少なくて楽なんだろうと思えてくる。仕事もマイペースに焦らず進めることができる。でも、しげさんの顔を見ると、しげさんの目の前で泣いてしまったことを思い出して気まずかったし、お客さんに話しかけられたカップ麺の棚の前に来ると、凍ってしまった瞬間のことがフラッシュバックした。
自分の仕事を終え、しげさんに「お疲れ様でした」と目も合わせずに挨拶だけして、その場を立ち去ろうとしたときだった。
「小坂ちゃん!」
「...はい」
振り向いたもののどうしても躊躇してしまい、しげさんの足元を見つめた。
「小坂ちゃんがよかったら、土日も来ていいよ」
それは当分言われることのないと思っていた言葉だった。驚いて顔をあげると、しげさんは真剣な眼差しで私を見つめていた。返事をするのにとても勇気が必要だったけど、答えは一択しかなかった。
「土日も、働かせてください。よろしくお願いします」
私は思いっきり低く頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
しげさんも私のマネをして頭を下げた。
土曜日の品出しはやっぱり開店後まで長引いたけど、お客さんに商品の質問をされたときには、前にしげさんが教えてくれたように「確認しますので、少々お待ちください」と伝えて、落ち着いてしげさんを探すことができるようになった。しげさんは私に気づくと本当にすぐ駆け寄ってきてくれて、売り場の案内を代わってくれた。対応策がわかったので、お客さんに話しかけられても凍らずにコミュニケーションが取れるようになった。
ただ、ほかのスタッフは自力で売り場の案内をしている。普通のスタッフならできることなのに、しげさんに頼りっぱなしの自分が恥ずかしくなった。
休日出勤3回目となる日曜日、品出しの業務を全て終えて控室に戻り、しげさんに質問してみた。
「どうしてほかのスタッフさんは、売り場の案内ができるんですか?」
しげさんは少し驚いたように私を見てから、顔をくしゃっとさせた。
「小坂ちゃんも案内できるようになりたい?」
私は力強くうなずいた。しげさんもうなずき返すと、折りたたまれていたチラシをデスクの上に広げた。
「お客様に質問されるのは、チラシに掲載されている商品がほとんどで、特にその日限定の品は聞かれる確率がかなり高いと思う」
チラシを確認してみると、今日の目玉は大容量タイプのヨーグルトで、それはさっきお客様に場所聞かれた商品だった。
「とはいえ、そういう商品はお店の目立つところに置いてあるから、『もう売り切れてしまいましたか?』っていう質問が1番多いね」
「そういうときは、何て答えればいいんですか...?」
「うん、『申し訳ございませんが完売してしまいました』って謝るしかないね」
私は頭の中でそのセリフを何度も唱えた。
「あとはご当地グルメフェアのときとか、イレギュラーな商品に関しても質問されることが多いかな」
しげさんは席を立ち、分厚いファイルを棚から取り出した。そのファイルには、これまでの大量のチラシがまとめられていて、例として北海道フェアや九州フェアを行ったときのチラシを見せてくれた。
「品出しが遅れてもいいから、開店直前に一度ぐるっと見て回るのは、勉強になるかもしれないね」
「そうしてもいいですか…?」
「いいよ!そうしよう!」
「ありがとうございます。頑張ります」
しげさんに話してみて良かった。アドバイスが具体的だったおかげで、ちゃんと勉強すれば私にもできるような気がしてきた。しげさんにお礼を伝えて、私は帰る準備を始めた。
「小坂ちゃん」
私は振り返ってしげさんの方を見た。
「無理しなくて、いいからね」
ついさっきまでニコニコしていたのに、その落ち着いたトーンに動揺してしまった。
「僕には遠慮せずに、頼ってくれていいからね」
しげさんは、私の思考回路も全てお見通しなのかもしれない。しげさんの仕事を増やしたくなかったから、自分で案内ができるようになりたかった。でも、案内ができない私だけでなく、しげさんに迷惑をかけたくないと思っている私のことまで、心配してくれていたみたい。
「ありがとうございます」
感情を上手く表に出せないせいで、いつも通りに聞こえてしまっているかもしれないけど、最大限気持ちを込めて言った。
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