6-2

バイト2日目。今日からは6時半出勤。

月曜日に教えてもらった通りに裏口から控室に入ると、しげさんはデスクで既に書類仕事を始めていた。

「小坂ちゃんおはよう!早いね!」

感心した顔つきを浮かべているけれど、10分前だし、褒められるようなことはしていない。

「おはようございます。もう、10分前ですよ?」

「みんな来るのギリギリなんだよねー。平日はそこまで忙しくないからいいんだけどね。僕舐められてるのかなー」

しげさんが誰かに怒っているところが想像ができなくて、舐められるのもなんとなくわかる気がして、否定はできなかった。

エプロンをつけて手荷物をロッカーにしまい、しげさんに一声かけると「ケガには気をつけてね」と笑顔で返してくれた。


作業はほぼ1人で行うが、頻繁にしげさんが様子を見に来てくれるので安心できた。

そして、今日はひとつ発見したことがあった。しげさんの呼び方について。本人は「しげちゃん」と呼んでほしそうだったけれど、思いのほかみんなバラバラだった。

鮮魚のアベさんは「しげちゃん」と呼んでいるけれど、前髪が長すぎて目が見えないガリガリの若い男性は無愛想に「本城さん」と呼んでいる。彼にも「しげちゃんでいいよ」と言ったけど、完全スルーされてしょんぼりしているしげさんの姿が容易に想像できる。倉庫でたまたま見かけた青果担当の30代前半くらいの女性は「しげちゃんさん」と呼んでいて、「だからその”さかなクンさん”みたいなのやめてよー」と笑われていた。


作業は9時過ぎくらいに終わり、挨拶をしようとしげさんに声をかけた。

「しげさん、作業終わりました」

「小坂ちゃん今日も順調だったね!お疲れ様!」

「お疲れ様でした。また月曜日よろしくお願いします」

「月曜日...あ、ちょっと待って!」

控室に戻ろうとしたところを呼び止められた。

「来週の月曜、その、祝日だからさ、次来るの、木曜でもいいよ」

しげさんの発言の意図がいまいちわからなかった。祝日だから気を遣われている?でもなるべくなら働きたいという私の意志は伝わっているはずだけれど、まだ慣れていないし祝日はしっかり休んだ方がいいという優しさだろうか?

「祝日でも大丈夫です。ちゃんと早起きもできますし、早く仕事にも慣れたいので働きます」

しげさんの目をしっかり見て話したが、気まずそうに目をそらされてしまった。そんな態度をとるしげさんを見るのは初めてだった。

「9時半に、作業終わらないと思うんだよね...」

「大丈夫です。祝日なので大学の講義はありません。ほかに予定もないので残業できます」

しげさんの懸念を払拭できるように、スケジュール的にはなんの問題もないことを伝えた。

「そっか、そっか、わかった。じゃあ月曜日、よろしくね」

しげさんは少し困っているように見えた。しげさんがいつものように笑ってくれないと、なんとなく後味が悪い。

しげさんが何に引っかかっているのかわからずモヤモヤしたまま、自転車に乗って大学に向かった。

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