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ゆりちゃんは、いつも私に話を合わせてくれる子だった。


私が好きなテレビ番組の話をしたら、次の週からその番組を観ていたり、好きなアイドルの話をしたら、次の日には自分も気に入ったからファンクラブに入ったと報告された。私ですらファンクラブには入っていなかったのでとても驚いた。ほかにも、シャーペンや消しゴムなど、持ち物を真似されることもあった。

何でもかんでも私に合わせられることは嫌だったけど、母親に相談したら、それはあなたに憧れているからだよと言われたので、悪気はないのだと思うことにした。


でも、だんだんとゆりちゃんの様子はおかしくなっていった。


私が欲しいと話していたお菓子の形の消しゴムをたくさん持ってきて見せてきたり、私の好きなアイドルを街中で見かけたと自慢してきたりするようになった。消しゴムを「いいなー」と言うと、1個100円で親に頼んで買ってきてあげるよと言われたり、そんな都合よくアイドルに遭遇するはずがないと言ったら、「家の近所でメンバーが車に乗っているのを見て目があった」と得意げに返されたりした。

後々になって考えると、ゆりちゃんが私と同じアイドルを好きになったというのも、ファンクラブに入ったというのも、車に乗っているのを見たというのも、全部嘘だったのだろう。ゆりちゃんは、私を自分よりも下の立場の人間にしたかったのだと思う。


そして、決定的な出来事が起きた。

音楽の授業で、2人1組でリコーダーの発表をすることになった。ペアになる相手は自由に決めていいということだったので、私は当然ゆりちゃんを誘おうとした。ところが、既にゆりちゃんは別の子とペアを組んでいた。そのときは、私より先に誘われちゃったのかな、とあまり気にしていなかったけど、授業が終わってからゆりちゃんとペアを組んでいた子がこっそり教えに来てくれた。

「私も不思議に思って、なんで史帆しほちゃんと仲良いのに私のこと誘ったの?って聞いたの。そしたら、史帆ちゃんがどういう反応するか確かめたかったから、って言ってたよ」

今まで感じたことのない失望感と恐怖がこみ上げてきて、体が凍りついて動かず、返す言葉が出なかった。ずっと親友だと思っていたゆりちゃんは、私のことを友達だとは思っておらず、ただ私を困らせて楽しんでいるだけだった。

それから私はゆりちゃんと一切口をきかなくなった。


最初は、ゆりちゃんのことを教えてくれた子と仲良くしていたけど、その子と仲の悪いクラスメイトと普通に話をしたら、翌日から避けられるようになったりで、2ヶ月に1回くらいのペースで一緒に行動する友達が変わった。また友達に裏切られるかもしれないという恐怖で、友達に冷たい視線を向けられたり、きつい口調で話をされると、視界が揺れて、手足が凍り、言葉を発することができなくなっていた。固まって何も返事をしない私に苛立ち、友達がどこかに立ち去ると、徐々に手足に体温が戻ってきてなんとか動けるようになった。

これは比喩でもなんでもなく、文字通り指先から凍ってしまうのだ。見た目にはあまりわからないけど、冷凍したパンみたいに、ぱっと見でわからないだけで、きっと触れたら冷たくて驚くと思う。そうなってしまえば、自分の意思ではどうすることもできなかった。


小学5年生になりクラス替えがあった。凍るところを見られて、気持ち悪がられたりいじめられたりするのが怖くて、新しく友達を作るのは諦めた。極力クラスメイトとは会話をしないようにした。暗くてとっつきにくい人だと思われて、クラスメイトは私から距離を置いた。おかげで、学校で私が凍ることはなかった。


中学に上がっても、変わらずクラスメイトとの会話は必要最低限にとどめた。学校のルールでどうしても部活には入らないとだめで、私は文芸部を選んだ。同学年で私以外に入部する人はいなかった。活動内容も、各自書いてきた小説を印刷して冊子にし、各教室の掲示板にタコ糸で吊るしておくという作業を月1回やるだけで、先輩との会話もほとんどなく気楽だった。

ひとつ問題だったのが、担任の先生が怒鳴り散らすタイプの人だったこと。先生が怒るのは明らかにやんちゃなタイプの生徒に対してで、私が怒られることは一度もなかったが、怒鳴り声を聞くだけで手足が凍り、身動きが取れなくなった。どうかお願いだから、先生に怒られるようなことを誰もしないでほしいと、心の中でずっと念じていた。

中学2年生になると担任も変わり、優しい女性の先生になったため凍ることも減った。それでも、運動会のリレーの練習をしているときに、私のバトンパスが下手だったことを男子にきつく言われたときには凍ってしまった。異変に気づいた男子の方が慌てて「ごめん言い過ぎた」と謝ってきて、やっぱり私は人とコミュニケーションを取るべきではないと改めて思った。


高校になると、将来のことを考えた。人と話さなくていい仕事。いろいろ考えた結果、翻訳家を目指すことにした。原稿をもらって、家で作業できる。誰にも迷惑をかけずに、働くことができる。

そのためには、英語教育に力を入れている大学に進学したい。相変わらずクラスメイトとはコミュニケーションを取らず、勉強に没頭した。その結果、自分で言うのもあれだけど定期テストで常に1位だったので、一目置かれて高校でもいじめられることはなかった。その代わりに、人と話すことに対する恐怖はどんどん大きくなっていった。

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