五限目 アンダーカバー・エクソシスト

第17話 搾取するもののマナー

「君たち聞いてくれ!」

 穴間は強くエクソシストたちに訴えた。

「この女は悪魔なんだ。信じてもらえないかもしれないが、俺は今までこいつに監禁されていた本物のミスターマナーなんだ!」


 どこからともなく、サイレンの音が聞こえてくる。


 時間がなかった。


 すぐにでも警察がやってくる。と、穴間は地に足つかぬ思いを抱いていた。


 警察だけじゃなかった。蛸壺組の縄張りシマ組長ボスまで■られていた。対抗勢力カウンターフォース、それこそ別の悪魔などがやってきてもおかしくなく、一秒でも早く商品ブツを持って逃げねばならなかった。


「君たちも気づいてたはずだ。パーティションの後ろに人がいたことに。白いスーツの大男が来たとき、ゴソゴソ変な音がしてただろ?」


 焦りを悟られぬよう意識して大きな声で穴間が言うと、エクソシストたちは彼に向けていた疑惑の目をサキュバスへと移し替える。


「い、いや、そんなことは……はは」


 サキュバスは手をわちゃつかせ口ごもった。


 それを見て、この■■■とんだ食わせ物だぞ、と穴間は思った。


 彼女はこの期に及んで穴間を見、「なんで? 一緒にビジネス起こそうって約束した仲じゃない?」というような表情をしていたが、彼にとっては信じられなかった。


 舐めていた。穴間は悔いた。


 この女が■■なわけがない。


 こいつは予想以上にしたたかだ。こいつはマナーなんて適当、ハッタリで十分だということを十分に理解した上で、なにも知らぬ■■を演じていたのだ。実際、エクソシストの■■どもを完璧パーフェクトに抱え込み、蛸壺組だって壊滅させている。どさくさに紛れ俺に商品ドラッグだって吸わせた。あれは■ぬかと思った。


 穴間は身震いした。


 ガンガンのエアコンのなかずっと放置されて、体の芯に残った寒さが抜けきらない。薬物の影響もあって、頭はずっしり重くだるかった。


 男を立てるのが女のマナーだろ。


 いつもの癖でそう考えたあと、穴間はぶるぶると首を振った。ギッとサキュバスを睨みつけ胸を張った。


 いや、もうマナー講師このビジネスは廃業だ。


 この女はすごい。まさしく悪魔的と言っていい。正直、同業者コンペティターとして尊敬リスペクトする。尊敬リスペクトするからこそ、ここで確実に■んでもらう必要がある。


 そんな穴間の■気を察知したのだろう。薄笑いのサキュバスもいつしか真顔になっていた。


「その人は嘘つきです」

 彼女はこわばった声でエクソシストたちに語りかける。

「だって、だって私がミスターマナーですよ。みんなだって知ってるでしょう?」


 彼らの表情が若干和らいだのを見て、


「だまされちゃダメだ」

 穴間はすかさず言葉を差し込んだ。

「ミスターマナーは俺だ!」


 やはり本性表したなこの悪魔めが、と感情的に声を荒げたくなったのをぐっと飲み込んで、彼は言葉を続けた。


「その女は嘘をついている!」


「いや嘘ついているのはその人です!」


 それを最後に、ふたりは言葉を失った。


 サイレンの音だけがこだましていた。


 刺すか刺されるか、穴間はいまにも破裂しそうなほどの圧迫感を覚えていた。路地も空気もなにもかもが凍りついていた。靴下越しに生ぬるかったはずの墨はいまや冬の沼のように冷たく、肩が外れそうなほどにアタッシュケースが重かった。


 穴間かサキュバス、どちらかが確実に嘘をついている。


 その事実に全員の視線が交錯する。


 サキュバスがエクソシストたちに向ける懇願するような目つき。エクソシストたちが穴間に向ける疑惑の眼差し。両者ともに虫唾が走ったが、ボロを出しては負けだと穴間は腹の奥に力を込めて踏ん張った。


 白紙ゼロベースから考えろ。■■どもにとって俺は明らかに不審者だ。そいつらに信じてもらおうというんだ。ここはあくまで冷静クールに、かつ迅速スピーディ対処アジャイルするんだ。


 悪魔だろうが絶対■す。俺ならやれる。


 ぞっとするような寒さを歯を食いしばってこらえ、彼は言った。


証拠エビデンスはあるんだ」


 彼はアタッシュケースを右から左へと持ち替えた。次いで、ボクサーパンツの右腰に引っ掛けてあった十字架クロスを取り出し言った。


「これが、この女が悪魔だという証拠エビデンスだ」

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