第10話 悪魔が教えるビジネスマナー②(FAXを使う人間は100%悪魔です)
「上司を出せって言われたら?」
「ガチャ切りでOKです」
「じゃあ訴えてやるって言われたら?」
「それもガチャ切りで」
「なら、直接出向いてやるって言われたらどうしたらいいんスか?」
「門前払いで。それでもしつこいようなら、その客は悪魔です」
「ならなら先生、ファックスは? 俺あれの使い方よくわかんねーんスよ」
「なんですかそれは? わけのわからない横文字を使ってくるのは全員悪魔です」
「マジッスか」
マサトラは清々しい気持ちになっていた。
ネットに悪評を書き込む奴も、使用済みの聖水を返品してくる奴も、土下座を要求してくる奴も、お客様は神様だとか言う奴も、わけのわからないことを言う奴らはみんな悪魔だった。
マナー講座だなんて一体なにをさせられるのかと思っていたけど、別に大したことはなかった。クレーム処理も電話対応も、普段どおりのマサトラで大丈夫だった。
俺って実は素質あるんじゃね、とマサトラは思った。
彼の隣で熱心にメモを取っていたレナコが顔を上げ言った。
「じゃあ、電話による事前連絡なしにメールを送ってもいいってことですか?」
「大丈夫です。だってメールですよ」
「早朝に送ってもいいんですか? 学校終わってからだとどうしてもそのくらいの時間になっちゃって……」
「当たり前です」
レナコのしょうもない質問に、サキュバスはしごく当然の答えを返していた。
マサトラはそんなふたりのやり取りを聞きながら、二つのキスに思いを馳せていた。
レナコが言う。「メールが送信されているかどうか確認の電話は?」
その薄いピンクの唇を彼は見る。彼女とのキスはマシュマロみたいに柔らかく、温かみがあった。
サキュバスが答える。「不要です。そんな無駄を求めてくるのは間違いなく悪魔です」
そのふっくら肉厚の唇を彼は見る。先生とのキスはレナコよりはるかにヤバかった。あのときからずっと、体の内側に心地よい気だるさが残っている。
マジであれはなんだったんだろう?
プシュー、って気が抜けるみたいなあの感じ。熱くてビリビリと気持ちよくて、ドロドロに溶けそうなあの感じ。キスであれなら、それ以上のことしたらどうなるんだろう? 俺、■ぬのかな? まぁ■にはしねーだろうけど……、ってブラインドカーボンコピーってなにそれあーねむ。あー先生の声っていいよなー、ねみぃ、寝ちゃおっかな……って、ダメだ。俺は先生とキスよりもっとすごいことするんだった。
マサトラは口の中をきゅっと噛んで、サキュバスを見据えた。
またしてもHカップが目に飛び込んできて目が覚めた。シャツに透けつつたわわに揺れるそのインパクトはそれはもうすごかったが、こうやって見るとそれだけじゃなかった。ウエストのくびれも尋常でなく、脱いだらどうなってしまうのかわからない。しかも、彼女がちょっと前かがみになったりすると、ケツがスラックスの生地をこれでもかと引っ張った。その膨らみ方は欧米的で、足が極めて長く見えた。セクシーかつスタイリッシュだった。
甘■■気味だったマサトラの■■がこれでもかと怒張した。
サキュバスもそんなマサトラの視線に気づいたのか、わざとらしくペンを落とし、彼の前で思い切り尻を突き出すように前屈しながらそれを拾った。
え、もしかして先生履いてない?
パツパツのスラックスにパンツのラインが一切浮かび上がっていないことにマサトラが目を白黒させた瞬間、ドンドン、唐突にノックの音がした。
マサトラたちが後ろを向くと、ドンドン、もう二回。荒々しく、拳を叩きつけるような音だった。
さらに、
「おい穴間ぁ出てこいやゴラァッ!!」
と男の大声が轟き、室内に緊張が駆け抜ける。
「おんのはわかっとんのじゃ■■ウォラ!!」
怒号とともに鍵のかかったドアノブが回されると、和やかなムードも完全に消え去って、ピリッとした沈黙が場を支配した。
「穴間ァ、ワレェ、なめとったら承知せぇへんど!」
アナマってなんだ、
穴間なる名字を知らぬマサトラは、男が発するその言葉を、
「あ」
数秒後、サキュバスはふたりの目配せに気づいた。すると彼女は急におろおろし始め、ペンをボードのトレイに戻すのも忘れ、あたりを見渡したり、なにこれマジヤバくない、などぶつぶつつぶやきながら、これ私が行かなきゃいけないやつ? といったような顔をしたので、マサトラは小首をかしげた。
当たり前だった。
常識的に、ここは責任者であるサキュバスが行くしかない場面だった。
「はよぅ出てこいや■■ァ!」
男の恫喝は続いている。
ドアが強く蹴りつけられ、こっちの空気まで震えてくる。こうなると、サキュバスとしてもどうしようもなかったのであろう。彼女はぎこちない薄笑いを浮かべドアへと向かった。
そのときだった。
パン、パン、パン。
今度はパーティションの裏から乾いた音がした。
パン、パン、パン。
厚紙かなにかを打ちつけるようなその音はリズミカルに繰り返され、静まり返った教室に響き渡る。
なにがどうなっている?
マサトラにはまるで意味がわからなかった。
怒鳴っている男がいるのは部屋の外だ。そして、パン、パン、パン、この音は部屋の奥から聞こえてくる。
判断つかずマサトラはレナコを見やった。レナコは小さく首を振った。彼女にもよくわからないようだった。なのでサキュバスを見ると、彼女はふいと目をそらした。マナー先生はなにか知っている、そう思った。
マサトラはパーティション側を親指で指さし、言った。
「あのー俺。向こう見てきましょうか?」
「えっ!?」
なぜかサキュバスは大きく肩を震わせた。
「いやっ!」
彼女は、ぐわっ、と目を見開くと、
「いやダメダメ! それはダメ。それ絶対にダメだから!」と叫んだ。
「なんでです?」
「ダメなもんはダメ! ダメったらダメ!」
言いながら、彼女はパーティションのドアへと高速で移動し両手を広げる。
「絶対こっち来ないで!」
余計意味がわからなくなって、マサトラは困惑した。なぜダメなのか?
「おい、いつまで待たせんじゃゴラッ。舐めとったらぶっ■すど!」
廊下の男も限界のようだった。男はこれでもかとドアを蹴りまくり、そのたびドアは軋んで不穏な嫌な音を立てていた。それに呼応するかのようにパーティション裏からの音も激しくなって、会議室はちょっとしたカオスであった。
「あ、あ、あ……」
サキュバスは汗をかきかき、右に左に落ち着きなく眼球を動かし続ける。
そんな彼女を眺めながら、マサトラはもうなにも言えず黙っていた。汗に濡れる蒼白の肌が透き通るかのようで、エロかった。
散々迷った挙げ句、サキュバスは言った。
「えとじゃ、じゃあ。あ、あの廊下の人は、マサトラくんたちにお願いします」
「わかりました」
マサトラは即答し、立ち上がった。
「でも、あとでキスよりすごいこと、頼みますよ!」
「わかったからお願い!」
言うがいなや、サキュバスはパーティションの扉を開け、いそいそと中に入っていった。
バンッ、とドアが閉まり、彼女の姿が見えなくなったところで、レナコが小声で言った。
「大丈夫かな?」
レナコはパーティションの方を指差し目を細めた。
「なんかヤバくない?」
「いや大丈夫っしょ」
しかしマサトラは逆に声を張り上げ、
「それよりあっち」
扉の方を向き直り気合いを入れた。
マサトラは単純だった。マナー先生が俺のことを信頼してくれた、その思いだけでいっぱいで、細かなことまで頭が回らなかった。
俺がクレームを処理してやる。で、キスよりもっとすごいことしてもらうんだ。
「ちょっと待って」
と、引き止めるレナコを無視しマサトラは腕を振り一歩前へ踏み出した。彼はぐんぐん会議室を突っ切ると、鍵を開け勢いよく扉を押し開けた。
廊下にスキンヘッドの男が立っていた。
とても大柄な男だった。男は白地に黒のストライプが入ったダブルのスーツを着て、大きなサングラスをかけていた。右の頬に大きな切り傷の跡。明らかに普通の人間ではなかった。
こいつ悪魔だ。
と、マサトラは直感した。だがすぐにサキュバスに言われたことを思い出した。
あーでも傾聴と共感だっけ?
まぁこいつは悪徳クレーマー。要は悪魔だけど、一応、残りの5%な人間かもしれねーんだよな。絶対そんなことねーけど、でもま、とりあえず話くらいは聞いてやるか、先生に言われたし、と彼は尻ポケットの十字架に伸ばした手を引っ込めた。
「なんか用っすか?」
マサトラが後ろ手にドアを閉めようとすると、レナコがその脇からからすり抜けてきた。
スキンヘッドの男は彼女に鋭い一瞥を放ち、ドアが閉まると同時に言った。
「なんやお前ら?」
「マナー先生の代理ッスけど?」
「代理? お前らみたいな■■がか?」
「そうッスけどなにか?」
「っち。まぁええわ。あんな、こちとらお前んとこの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます