2020.3.

桃の節句~太郎ではなく姫ではなくて




 三月三日の上巳の節句に、ひな人形を飾り白酒や菱餅を供えて、女の子の無事な成長を願う行事。

 桃の花が咲く頃に行われているため、桃の節句という。

 上巳とは三月上旬の巳の日のことで、この日に水辺で禊をして汚れを祓う習慣が古くからあった。そのとき、紙や土で人形を作り、それに息を吹きかけたり肌身に押し付けて災厄を移し、船に乗せて川や海に流した。




 川を流れ、海に流れ、いつしか船は沈み、泥人形はすべて水の中で分解されたが、紙人形は形を保ったまま、ながいながい刻を経て、海底へと辿り着くことがあった。

 その稀な紙人形は、抱かれるようにやさしく海底へと招き入れられ、果たしてここが終着点かと思えば、さらに底へ底へと下って行った。

 下って、落ちて、沈んで、

 行きついた先は、紅の世界。

 長い時間をかけた末の、最後の一仕事と言わんばかりにこの空間で浄化された紙人形。

 元の色を失い、白一色になってしまったのだが、紅の世界に身を沈め切ると、その色が交わってしまった。

 みるみるうちに、白から桃色へと変色すれば、突如として、紙人形はと或る形へと変化しまった。




 どんぶらこ~どんぶらこ~。

 川に洗濯に来ていたおばあさんの眼前に、見た事もない形をした何とも知れないものが流れてきた。

 形はともかく、とてもきれいな色をしていたので、着物の染色に使おうと手に取って持ち帰ったとさ。

 けれども、家の外で染色の準備をしている間に、それは腐り果てて、種だけとなった。

 根や枝や葉が染色に使えるかもと考えたおばあさんは、せっせと種を土の中に埋めて、甲斐甲斐しく世話をした。

 そのおかげで、無事に芽が出て、すくすく成長し、やがて、とてもかわいらしく、きれいな色をした花が咲くようにもなった。

 

 孫に綺麗な着物をあげようと思ったけれど、

 なんだか根も枝も葉も花も摘むのは、可哀想だとと思ったおばあさん。

 ごめんなさいねと、その木に謝って、摘んだ花びら一枚を使って、こさえていた髪飾りに色をつけた。

 そして、遊びに来た孫に贈ったのであった。

 

 数年後。


「おばあーちゃーん!!!私、合格したから行ってくるね」

「無事に戻って来るんだよ」


 何かを退治しに行くと意気込む孫に、ただただ安全を願ったおばあさん。

 その甲斐あってか。数か月後、無事に帰ってきた孫の手には、あの時、川に流れていたものがあったという。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る