成人の日
濃ゆい緑茶に、柔らかい梅干し。
小さな湯飲みに、小さなお皿に。
発表や受験、面接など、大事な刻を迎える朝は、きまってこの二つが出された。
気持ちが落ち着くからだったか、
気持ちが引き締まるからだったか、
目が覚めるからだったか、
理由を訊いたかどうかさえ覚えていないけれど。
この日にしか出されないような、とても濃ゆい緑茶に。
いつもと変わりない、とても酸っぱくやわらかい梅干しに。
そろった二つを前にすれば、頑張ろうという気持ちがより引き出される。
ありがとう、
普段はなかなか言えない感謝が出てくる。
小さな湯呑が一つ。
器の白が見える透明な飲み物の中には、紅の花びらが一枚浮かんでいた。
特別な日だとは認識していた。
けれど、明確な目標はなかった。
この日の為に、頑張れる事はなかった。
この日の為に、言える事は、なかったように思えた。
いいや、
伝えるべき言葉は思いついたのだけれど、どうしてか、言えず。
代わり、と言ってはなんだが。
湯呑二つに、自分が持っている湯呑を軽く合わせて。
音を、
波紋を響かせて。
グイっと一口だけ飲んで、
喉が焼けるような熱さに眉根を寄せつつ、
この日はただ、
行ってきますと、一言だけ告げて家を後にした。
さて、まだ口の中に残っている花びらはいつ飲み込もうか。
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