家守
さあさあさあ、あなたの帰る家はどこですか?
さあさあさあ、迷っているのならば送ってあげましょう。
さあさあさあ、迷っていないのならば、
縁が青の、しろい花、
になるだろう。
この窓際に置かれているつぼみは、つぼみのまま。
木に乗せてみても、
土に埋めてみても、
水に浸けてみても、
火で炙ってみても、
つぼみはつぼみのまま、
いろいろやってみて言えた事ではないだろうが、
別に花が開かなくてもよかったんだ。
よかったんだけれども、
「もしもし、つぼみさん、つぼみさん。花を開かせたいですか?」
「いえいえ。まだまだつぼみのままで結構です」
「なるほどなるほど」
「できるのであれば、最初に訊いてほしかったのですけれども。木に乗せられた事以外は苦痛で苦痛で」
「それはそれは、申し訳ありません。口より手が早いもので」
「いえいえ、わかっていただければ結構です。それではおやすみなさい」
「おやすみなさい」
言葉が通じるはずのないつぼみに話しかけようと思った事。
言葉が通じるはずのないつぼみと話せた事。
驚愕に値するにもかかわらず、私の精神は不思議と、凪いでいた。
精神は、
肉体は、それはもう、びっくりしていたようで、気づけば床に横たわっていた。
あらら、
苦笑しながらやさしく抱えてくれるこの人の顔を見て、私はまたですかと、肩を落とした。
興奮冷めやらぬ状態で、本当はすごくすっごく話したかったが、今は無理のようだ。
「もしもし、もしもし」
「はいはい、はいはい、なんでしょう?つぼみさん」
おやすみなさい。
そう言ったっきり、何度話しかけても答えてくれなかったつぼみが話しかけてくれたのだ。
嬉々として返事をすると、つぼみはここはどこですかと尋ねるので、海の中ですと答えた。
「海の中」
「はい。ほとぼりが冷めるまで身を隠しているんですよ」
「ほとぼり」
「あたしぃの事情でね、ごめんね」
突然話しかけられてびっくりしたようだ。
身を縮こまらせるつぼみに、大丈夫ですよとやさしく伝えた。
「この人は私が守るべき存在で、一応、は、無害です。あなたと同じく。あなたが花で、この人は人間ですけど」
「わたくしと同じ、とはどういう事ですか?」
「あなたも私が守るべき存在、という事です」
「………いつの間にわたくしがあなたの庇護下に置かれたのかは存じませんが、どうぞ捨て置いてください」
「いえいえ、遠慮なさらず」
「遠慮します」
「そうですか。では、せめて、ほとぼりが冷めるまでは。今、あなたを捨て置くのは、流石に忍びないので」
「……では、ほとぼりが冷めるまで、眠っていますので。おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
「やもりさん。またつぼみさんは眠ったの?」
「ええ。ほとぼりが冷めたら。地上の、つぼみさんの仲間の元に帰したいですね」
「あたしぃも帰したい?」
「いえいえ、あなたはあなた自身が家ですから。だから私が守るんです」
「ありがとうございます」
「はい、どういたしまして」
さあさあさあ、あなたの帰る家はどこですか?
さあさあさあ、迷っているのならば送ってあげましょう。
さあさあさあ、迷っていないのならば、
私が守ってあげますから。
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