ミステリアス




 追いかけて、追いかけて、追いかけて。

 脳裏に刻まれたのは。

 漆黒に塗られた横顔。

 痙攣するのではと危惧するくらい、吊り上げられた口の端は、赤い。


 暗転。






 赤い煉瓦に黄緑の蔦が這う、趣深い喫茶店。

 カウンター席が五つ、椅子が五席置かれている丸い卓が三つ。

 私たちはいつも丸い卓に、向かい合わせに座る。

 時刻は決まって、午後四時。

 この喫茶店に人が来なくなる時刻。


 私が掌を卓の中央に寄せる。

 あなたが私の掌に掌を重ねる。


 途端。

 脳裏に押し寄せるのは、激浪の記憶。

 

 警察。

 怪盗。


 裏切ったのは、どちらか。


 


 この場所、この時間、この態勢。

 あの事件に関わる記憶が蘇るのは、この条件下のみ。

 無論、己のみ。


 にもかかわらず、


 互いの脳裏に刻まれているのは。

 漆黒に塗られた横顔。

 赤い口の端は、痙攣するのではと危惧するくらい吊り上げられている。


 笑っていたのか、

 愉悦で。

 虚勢で。




 冷たい掌を感じて、閉じられた瞳を見て。

 嘆息。 

 何の感情も湧き起らず、早く手を離してくれないかと気落ちする。


 なぜ封じ込めたのかは知らないが。

 思い出さないのならば、思い出さないままでよかった。

 けれど、今の状況がそれを許さない。




「オレもあんたの手を握っていたくないけどね。熱すぎる」

 

 いつの間にか見える瞳に、なくなった重みに、卓から手を退ける。


「いつまで続けるのかね」

「思い出すまでだろ」

「いつになったら思い出すのかね」

「お互いの手を受け入れられたらじゃねえの?」


 理解できたのに、飲み込むまでにどうしてか時間がかかって。

 時間を充分に置いて、嘆息。


「なら死ぬまでだね」

「もしくは、自分たちでどうにかするか」

「……平穏に生きたいんだけどね」

「今が?」

「………」

「監視下に置かれている今が?」

「平穏だろ」

「あっそ」

「おまえさんとの手合わせさえなければ」

「……つまり?」


 上がる口の端は、脳裏に刻まれたものとは到底違い。

 けれど、望んでいるのかどうかはわからなくて。




「じゃあ、とりあえず手合わせヨロシク」


 手を合わせたくないから、現状を打破しようとしているのに。

 現状を打破するには手を合わせるしかないと迫られるのは理不尽ではないのか。


 協力者によって無事に喫茶店から出られて、車の中に入ったはいいが。

 その協力者によって、或る条件下で強制的に手を合わせなければならくなってしまった、私たちの旅は今始まる。




「裏切ったのが私でもおまえさんでもどうでもいいから早く思い出させてください」

「ええーひでー、うらぎりものー」







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