古書の日




 ぜんぶ三百円(税込み)。

 この本屋独自のブックカバーが、本を買った証。

 どうぞ、どうぞ、ご自由にお入りください。




 秋晴れの日。

 少しばかり風が強く、強烈な紫外線の中。

 表が白で裏が黒の、小さな日傘をかざして辿り着いたのは、無人の古書店。


 出入り口には、注意書きの立て看板と、コピー機のような機械。

 店の中には、向かい合うように置かれている、頭三つ分高い本棚が二つ。

 店の廊下は、大人二人が少しばかり余裕で通れる程度。

 店の奥には、真っ白な木のベンチ。




 ほの暗い店の中に入って、上から順に、さらさらと視線を流す、と。

 留まったのは、無字の背。

 吸い込まれるように手に取って、出入り口へと向かい、コピー機のような機械に三百円を投入。

 サイズを選択して、出てきたブックカバーを本に巻いてから、店を後にする。 


 ブックカバーは、目を凝らさなければわからない秋桜の模様が描かれていた。




 一束の、黄色の、オミナエシ。


 一輪の、黄橙の、キンモクセイ。


 花びらが数枚欠けた、一輪の、薄紫の、シオン。


 折り畳まれている、一本のススキ。


 一輪の、明紅紫の、ハギ。


 重なっている、二輪の赤と黄の、ケイトウ。


 赤、桃、黄、橙、白、コスモスの花びらが、一枚、いちまいと、舞っている。




 無字の背同様、無字の本。

 最初は、押し花だと思っていたが、どうやら、薄い障子紙に閉じ込められているようだ。


 いろどりあざやかなままに、

 へたをすれば、とうじのままに、


 瞼の裏に色が残っている間に、そっと触れれば、凹凸が感じ取れる。


 つるつる、

 ごわごわ、

 もふもふ、

 ざらざら、

 ちりちり、

 ぴりぴり、


 いちまいめくって、触って、を繰り返して。

 すべての頁を読んだら、一旦停止。

 閉じた本を床に丁寧に置いて、また停止。


 意識を手放し、

 意識が浮上し、


 身体を勢いよく起こして、いざ向かわん。

 秋桜と鶏頭高々な、公園へと。



 秋晴れの日。

 少しばかり風が弱くなるも、未だに、強烈な紫外線の中。


 古参の日傘と、新参の古書を持って。

 八十円の入場料を払って、いざ参らん。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る