楓と紅葉とオカメインコ




 最初は、お洒落かイベントの為に貼り付けているのだと思っていた。

 今でも、その考えは捨てていない。

 誰も声に出して指摘しないだけ。

 違う。単に自分がその場面に遭遇していないだけ。


 だから、あの楓が自分以外見えていないなんて。

 身の上にそんな摩訶不思議現象が起こるわけないだろう。 




(あ、色が変わった)


 片頬に貼り付けられている、新緑だった楓が紅葉になった。

 赤みが強い紅葉だ。


 単純に綺麗だから、目が勝手に追ってしまっている。

 本当は無視してしまいたい。

 のに、

 目が奪われてしまう。


 大体、三日に一度。楓を貼り付けている人を見かける。

 毎回人物は違う。

 限定的ではなく、老若男女問わず。


(あ、落ちた)


 新緑の時もあれば、紅葉の時も、枯葉の時もある。

 不意に頬から楓が剥がれ落ちて、宙を舞う。

 一回、必ず下から優しく押し上げられたかのように、舞い上がり、そして不思議と宙を漂い続けるのだ。


 最初こそ、落ちましたよと声を掛けようと思ったけれど、待ち合わせていたのか。その人が手鏡を見ても無反応だったので、止めた。 

 見えないからじゃない。

 ただ単に、楓が気に入らなくなったのかもしれないのだ。

 だが、それから声を掛ける気はなくなった。


(で、拾いに来るんだよね)


 林檎みたいな頬が特徴の、オカメインコ、みたいな鳥が、地面に落ちる前に楓を拾う。

 時にはくちばしで、時には趾で、どうやって落とさないでいられるのか疑問な背中で。  

 

 この鳥もきっと、みんなが口にしない、もしくは口にしている場面に遭遇していないだけで、きちんと見えている、のだ。




「・・・付いてる」


 或る日、或る朝、顔を洗って鏡を見れば、黄色の紅葉が右頬に貼りついていた。

 今の時期出回っている、緑と入り混じっている蜜柑の鮮やかな黄色だ。

 よくよく見れば、縁が黄緑になっている。

 

 咄嗟に取ろうとした右手を、寸でのところで目的地まで行かせずに止めて、おとなしく下ろす。




 緑と橙と黄と赤が、青か黒か灰しかない天を彩る。


「まさか恋とかじゃないよね」


 誰も居ないのだ。

 声に出して喋ったって構わないだろう。


「緑が片想いで、赤が両想い、枯葉が一方通行の恋、とか。なら私のこの色は何かな?危険な恋とか」


 ふっと、嘲笑して、湖に浮かぶ紅葉を見つめる。

 地面は枯葉ばかり。

 足で軽く踏めば、心地好い音が返って来る。


「私のは、いつ落ちるのですかね?」


 危険な恋を諦めた時でしょうか?

 茶化して告げたところで、答えがないのはわかっている。

 答えられないだろう。


「恋なんて、してないっての」


 悲嘆の色が出てしまう。

 これは仕方ない。

 だって、




「あの、」


 枯葉を踏む足音で、誰かが近づいているのはわかっていた。

 散歩だろうと。

 だから、声を掛けられるなんて、思いもしなかった。


 声の質と真正面に立つ人物の外見的特徴から性別を瞬時に判断した、途端、駆け走った。

 後ろから何か言っている声だけは聞こえて来るが、心中で謝りまくりつつ、走りは止めない。


 道を聞きたかったのだろう。

 それでも、すみません。

 私は、


(女の人が苦手なんですー!!!)


 何故かいつも不機嫌な姉と妹に囲まれて育った為か、女性に対して苦手意識を持っていた。

 姉妹とは違う。そう念じても、苦手意識がそうそう克服できる事はなかった。





「・・・まだ話しかけるのは早いと、言いませんでしたか?」

「だって、だって。天が定めた判断基準なんて、くそくらえだと思いまして」

「単に辛抱ができなくなっただけでしょうが」

「反論できません」


 がっくし、肩を落とす女性に、おかめの仮面を付けたオカメインコ、のような鳥である、銀杏は嘆息した。


「黄色の紅葉は、ぜんっぜん、脈がないと教えたでしょう」

「教わりました」

「せめて新緑ならば可能性はあったのに」

「縁が緑でした」

「全て変わるまで我慢すれば可能性はあったのに」

「うううう」

「・・・諦めますか?」

「断られるまでは諦めません」

「我慢できますか?」

「・・・・・・・・・は、半分くらいまで」

「あなたに関しては良しとしましょう」


 銀杏はふと、天を仰ぎ、またまた嘆息をついた。

 危なっかしい飛び方をしている、己と同じで色違いのオカメインコ、のような鳥の白のおでましである。

 人生の励ましに、恋の相談に、後輩の指導。

 どれか一つに絞ってほしいと、愚痴を溢しても仕方ないと思う。



 銀杏はおかめの仮面を消して、白の元へと飛び立った。


 おかめの仮面の下でどんな顔をしてたか、なんて、考えないようにしながら。







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