第50話 気高き剣の心、返す刃に迷うなぁ
「よう」
俺の部屋で眠ったトゥルーを撫でて、ふとベランダから世界を見下ろした。
下の庭に、相変わらず初等部の女の子にしか見えないレアルがモルタヴァの街を見回していた。
まるでこれから戦場として消え失せると分かっていて、つぶらな瞳に何もない平和を焼き付けているかのようだった。
縁起でもねえ。演技でもしてくれるな。そんな目を。
だから声をかけずに、いられなかった。
「お体は大丈夫ですか」
「それはこっちの台詞だっての」
「あなたは自分の心配をするという事を知らなさすぎなのですよ」
声をかけた俺に、可愛くない返事をしながらも仕方ないですね、と言わんばかりの彼女の隣に俺は跳び下りた。
「お姫様は、ちゃんと眠りましたか?」
俺は思わずドキッとして、レアルを見た。
どうやらトゥルーが俺の背中に引っ付いてさっきまで寝ていたことを知っていたらしい。
俺の顔をどういじろうかなんて顔をしながら、レアルが俺の事を覗き込んでくる。
「……モルタヴァは、本当に凄い街だな。戦争ってなったら、一体感が凄い」
「どこも同じだと思いますよ。自分の命が掛かっているなら猶更です」
「俺のいた村は戦争とは無縁だったはずだから、実感無くてさ」
「というより、救国の剣聖の故郷に無理に踏み入って、怒りを買う馬鹿なんて泥棒の
「……そうだな」
俺はエルーシャに守られていた。
救国の剣聖という、名前に。
それだけは事実だ。
「私はエルーシャが正直、羨ましいと思いました」
レアルはそっと歩き出す様に独白を語り始めた。
「まず剣聖たる実力です。私は過去に一度だけ彼女を見た事があります。あんな風に剣を扱えたら、どれだけの街や人を救えるだろうって憧れました」
今は寝室に置いてきたレアルの剣。
摩耗しきった彼女の剣の始まりは、エルーシャだったのか。
確かにレアルが舞う蝶の様な動きを、エルーシャのそれと重ね合わせたこともあった。
「王国内では教本として、エルーシャの剣技を取り入れているところもあります。私は見ての通り初等部みたいな体つきなので、再現できるのはほんの少しに限られましたがね」
「それでもSランク冒険者まで上り詰める事が出来たじゃないか」
「はい。私が強くなったのはある意味彼女のおかげです……そしてそれよりも羨ましかったことは、君がいつも近くにいたことなのですよ」
「俺が近くにいる……?」
「……あなたを独り占めできた環境にあった、という事ですよ」
そんな環境が正解か間違いかは置いといて、と付け加えるレアル。
「あなたの過去を見て、あなたの視点からエルーシャを見ました。何気なく隣にいて、そして当たり前の様にあなたを傷つける時のエルーシャの顔を見ました。行動はどうあれ、あなたの為を想っていた。それは間違いないと思いました」
「自画自賛かもしれないが、俺もそう思う」
「ですが哀しいくらいに、あんな日常は人間という視点からズレています」
レアルは一息を着いた。
そして溜めて話す。
今から離す現実を、嘘として聞き流さない様に。
「まだプリンスからの情報は届いていないですが、私はこの戦争、エルーシャがあなたを取り返す為に無理矢理起こした様な気がします」
「……」
俺は、否定しなかった。何故ならそもそも俺はその可能性に行きついてたからだ。
確かにエルーシャならやりかねない。
あるがままの感情で、帝国の軍の最深部に入り込んで、思うが儘に動かすだけの権力を持ってしまっているからだ。
救国の剣聖。
その二つ名だけで、全てが許されるバスポートをエルーシャは持っているのだ。
故に、左目に移る破滅の未来で、先陣で狂ったように沢山の命を斬りまくるエルーシャにつながる。
土砂降りの中で別れを告げた日、彼女にとってこの世界が終わったかのような眼をしていた。
あの時の俺は、それでも時間がエルーシャの心を癒してくれるだろうと思っていた。
否、そう思うフリをしていただけなのかもしれない。俺は自分に嘘をついて、エルーシャから逃げたかっただけかもしれない。
嘘をつきすぎた結果、俺は世界の破滅の未来を持ち込んだ。
嘘をつきすぎた結果、レアルが愛するモルタヴァもこのままでは消える。
本当にたいした、狼少年だ。
嘘をつきすぎて誰にも信じてもらえず、本当に狼に喰われた哀れな少年の様だ。
「“モルタヴァに災害を持ち込んでごめん”ですか」
「……!」
「ネガティブなところは変わらずですねー。君を取り返そうと軍を動かすヒロインなんて、万国どこを見渡しても救国の剣聖くらいですよ。普通そんな発想する人いませんって」
「……だが」
「君がここへ来たのと、剣聖が軍を起こしたのは別の話です。なんでもかんでも自分のせいにしないでください」
まったく俺を責めない。
いつもは辛辣なところがあるのに、全てを許容するような何かが、呆れた笑顔から放たれていた。
風に飛ばされそうな俺の弱い心を、瞬く間に拾ってしまう様なそんな安心できる笑顔だった。
「君の人生は君だけのものです。もっと自分の欲のままに生きて下さいよ」
まあ、それがあなたには苦手な事なんでしょうけど。
でもリハビリしてでも、そうやって未来を見つけるべきです、と肩を叩かれた。
本当に困った弟に手を差し伸べる姉の様に。
「それで、トゥルーからの告白にあなた答えました?」
「んぐっ!?」
咽そうになった。
そこまで何で知ってんだ!?
「だってトゥルー、君の事好きですもん。さっき告白されたんでしょう?」
「女の勘って奴か……?」
「いえ。トゥルーがさっき言ってました。君に告白するって」
まあ、そんな事を詳らかにしないのがトゥルーだもんな。
「だから次は私の番です」
「レアルの番……」
「はい。私、あなたの事、好きですから」
レアルと違って躊躇いなくその発言をしてきた。
言った後で、何か口をもぐもぐさせたような顔で赤くはしてきた。
庭にあるプールの光に反射する彼女の光は、確かに初等部の小学生の様に頬を桜色に染めていて。
それでいて、女性らしい恋愛感情を如実に曝け出していた。
「……えっと」
「ふふ、一日に二回も愛の告白を受けるなんて羨ましい限りですねぇ」
まって、本当に色々整理できていない。
さっきレアルに声をかけるまで、トゥルーからの言葉をどれだけ整理したと思っているんだ。
俺の心が、既に俺を超え始めている。
「これから戦争です。帰ってきてから言いたいことがあるなんて、死亡フラグみたいで嫌じゃないですか」
悩む俺へ付け加えられた言葉の通り、それは死亡フラグだ。
死亡フラグ云々の前に、死ぬかもしれないイベントの前に愛を伝えたいのは生物の本能なのかもしれない。
「例え答えがどうでも、私にとってはもう二人は家族です。それは変わらないですよ」
レアルの言葉に嘘はない。
そして実はトゥルーにも似たような言葉を発されている。
「……俺にとっては、二人とも大事だ」
俺はレアルに、トゥルーと同じ台詞を伝えた。
「破滅の未来を乗り越えてからじゃないと、こんな大事なことを決めることは出来ない……、例え死亡フラグだったとしても、全てが終わってからにしてもいいか?」
「……君ならそういうと思ってました。私達の我儘でごめんなさい」
「でも俺にとっては、二人とももう家族みたいなものだからさ……レアルお姉さん」
そして、翌朝。
“法螺吹き”の情報と共に、傷だらけのプリンスがやって来た。
「……好きな
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます