第51話 「天使から細胞を抽出している」さて、そのドナーは?

 プリンスさんの情報を抜きにして、ついこの前帝国が一つの小国を一瞬で滅ぼした事により、更にその後の動向を見抜いていた王国軍。

 モルタヴァに最終的に派遣されてきた王国兵の数は、龍王山脈の一件とは比べ物にならない規模だ。

 しかも王国全土の冒険者ギルドより、オールスター集合と言わんばかりに名だたる冒険者たちが集まっていた。

 

 プリンスさんの情報を加味した現在の状況が屋敷の上には展開されている。

 勿論王国軍と冒険者ギルドを結集した総王国軍の大将達が作戦会議を練っているだろうが、それとは別に俺達も何をするべきか考える事にした。

 左目に映る、破滅の未来を見据えながら……。

 

「ライお兄さん」


 トゥルーが声を掛けて、また現実に連れ戻してくれた。

 レアルも心配そうな面持ちで俺を見ている。


「ありがとう」


 俺はそういうと、屋敷に集まってくれたイリーナさん、ビートルさん、そして貴重な情報を命懸けで持ってきてくれたプリンスさんと向き合う。

 

「まだ破滅の未来は変わらないのね……」


「王国軍や冒険者達が集まって総力戦するだけじゃ、何も変わらないという事ですね」


 イリーナさんの言う通り、今モルタヴァに集まっている戦力は王国の歴史の中でも最高傑作に近いだろう。

 防衛地点として機能しているモルタヴァが帝国に乗っ取られたら、後は王国の終焉まで一方通行だ。

 だがそうして王国が力を尽くしてもなお、この未来は変わらない。

 

「何せ人工天使と法螺吹きでモルタヴァよりも大きい街一つ、一瞬で消えたそうよ」


 経緯によれば、ほんの三日前。俺が髑髏の天秤を滅ぼしたと同時。

 小国とはいえ、一国の軍隊と首都が、一夜で消滅したそうだ。

 しかもたった百人の存在と、一つの魔術兵器、そしてエルーシャによって。

 

 人工天使。

 法螺吹き。

 俺の左目が移した映像では分からない詳細を、プリンスさんが語る。

 

 両肩を竦めながらプリンスさんが語ろうとした時、トゥルーが一枚の資料を手に取りながら。

 何とも言えぬ、不快な表情で尋ねた。


「……『人工』ってなんですか」


「“人工天使”――どうやら帝国内では“ダウト”と呼んでいるみたいね」


天使わたしたちは……帝国では獣か、兵器としてしか見られていないんですか」


「トゥルー、話を聞こう」


 俺は当然の怒りに翻弄されつつあったトゥルーの肩を抱きながら、人工天使ダウトの情報を聞いた。

 端的に言えば、抽出した天使の特殊な細胞を移植された兵達の事だ。

 小国とはいえ、多勢の小国兵を瞬く間に瞬殺したのがこの百人の人工天使ダウト部隊らしい。

 兵達を殲滅した唄は、疑似であるが虚光ハイライトで間違いないらしい。

 

「……」


 トゥルーはその情報を耳にしながら、押し寄せた怒りや悲しみの感情を押し殺しているようにも見えた。

 何故なら押し殺しきれていない感情で、背中から翼が広がっていくのだから。

 じゃあ細胞を使とは?

 最早天使は伝説として存在が疑われていたくらいだ。

 実際、トゥルー以外に天使が見つかったという情報はない。

 更に言えば、トゥルーが連れ去られた時に殺されたトゥルーの母親についても、その後の情報はない。

 

 もうこの時点で俺もトゥルーも同じ結論に行きついていた。プリンスもトゥルーの事を考えて、この情報は伏せてくれていたのかもしれない。

 

 だが確信。

 成分の提供者ドナーは、トゥルーの母親だ。

 

「続けて下さい……今度は“法螺吹き”について」


 そう切り出したのはトゥルーだった。

 母親の遺体が尚悪戯に弄繰り回されていると知っていても、彼女は未来を選んだ。

 

「……未来の方が、大事です」

 

「……分かったわ」


 回復魔術で何とか回復したプリンスさんが、“法螺吹き”についての情報を話す。

 テーブルの上に置いた法螺吹きの設計図を示しながら。

 

 まず法螺吹きの外見と、設計図上の性能について――は未来視で見た通りだった。

 下半身はまるで人間の細胞や、魔物の細胞を継ぎはぎしたように気持ち悪いくらいの色の変遷をした四本足。

 形は恐竜に近く、まず俺は髑髏の天秤のテイマーが放っていたプラキオレイドスを想像した。

 だがその背中からは天使の翼が生えている。

 天使の翼よりも眼を集めるのは首から上だ。

 何十メートルもの長さの巨大な柱に一瞬見えたそれは、ワームと呼ばれるミミズ型の巨大魔物に酷似した筒だった。

 まず外見の説明に発言したのはレアルだった。

 

「確かに異形といえば異形ですが、以前泥棒の創世はじまりが披露していた魔物を組み合わせる技術の応用に見えますね」


「レアルちゃん、事はそう単純じゃないの……そうでしょ? ライちゃん」


 俺は左目でこの設計図に描かれた怪物が世界を紅蓮に包んでいくのを見ながら、答える。

 

「ああ……間違いなく一番破壊を齎しているのはこいつだ」


「そう。私も得た情報を分析したら――エルーシャよりも、人工天使ダウトよりも断然この“法螺吹き”が脅威よ」


「確かに大地ごと都市一つ丸ごと消滅なんて、どんな極大魔術でもなしえなかった事だ」


 ビートルさんが聞いてきた。

 

「ただ魔物を改造手術した、だけじゃねえんだろ? それ相応のテクノロジーってのが使われてるはずだ」


「ビンゴよ。そしてそのテクノロジーにも関わってくる単語が、天使よ」


「……」


 法螺吹きの根源にも、天使が関わっている。

 帝国はとことん使う気なのだ。

 時代を一つ終焉させた、天使という禁断のジョーカーを、あくまで生物兵器として。

 一つの生命とは見なさない、絶対零度の武器として。

 そんな軍を率いているのは、俺の女幼馴染だった。

 

「……ライお兄さん」


 この事実に感情を取り込まれそうになっていたトゥルーの肩をぽん、と叩く。

 ついでに翼も擦りながら、俺は誰よりも近いからこそ言いたい事を言った。

 

「そんなふざけた連中に、未来は寄越さない。人間も天使も変わらないって、俺達が証明する」


 今度は俺がトゥルーを現実に引き戻す。

 自分達は破壊しか能のない武器や兵器なんかじゃなくて、一つの紛れもない心と生命の有る人間と同等の存在という真実に。

 

「聞かせて下さい、プリンスさん! 法螺吹きの……使われている天使のテクノロジーを」


「分かったわ。覚悟が決まった様ね」


 プリンスは力強い笑みを浮かべながら、法螺吹きの説明をする。

 

「法螺吹きは、かつて天使が遺した二つの秘宝がコアになって構成された最新魔術兵器よ」

 

「二つの秘宝?」


 そしてプリンスは俺達に話した。

 古代を破壊した天使の、二つの秘宝。

 

 一つ、“悲報ブルーソング”。

 二つ、“緋砲レッドワード”。

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