第48話 龍王が遺したもの、完成された嘘の怪物

 その翌朝、ビートルさんとイリーナさんも俺の病室にやってきていた。

 

「しかし調べれば調べる程、この前診断した時も相当異端だったのに、今と来たらまた更に変質してやがるな、お前の肉体」


 初めてビートル先生に魔術上限病と診断された時と同じく、俺はいくつもの魔石を体に張り巡らせられていた。


「どうですかね。俺の体」


「まあ……たった三日でまったくダメージが無くなるっていう事には驚きだけどよ……」


 暫く診断結果を眺めながらも「かーっ」と診療結果を投げると、突然ビートルさんは俺の頬を掴んできた。

 

「あの時は本当に、どうなるかと思ったんだからな……!」


 俺の頬は堅くて、特に喋りにくいことは無かったので、ストレートに謝れた。

 

「ごめんなさい」


「それ、ちゃんとこの子達に言ったの?」


 信頼できるけど言い返せないような美人教師の如くイリーナさんに言われ、俺は夜に二人にしたことを正直に話した。

 

「何百回も謝りました」


「私には?」


「ごめんなさい」


「……何も本当に問題なしなら、よし。とならないのが今の実情なのよね……」


 帝国との戦争。

 戦いの火蓋が切られる日まで、もう10日を切っている。

 10日には、未来の通りではこのモルタヴァが滅ぶ。

 

「何もしない訳には行きません。このままでは王国軍が負け、エルーシャを始めとした天使達にこのモルタヴァは滅ぼされます」


「……」


 どうしてわかるの? と聞き返す人間はいなかった。

 昨日話した時のトゥルーとレアルの反応もそうだった。

 まるで龍王が使っていた未来視の様に、絶望の未来が見えてしまう事を口にして、自分の耳を疑う素振りはしなかった。

 

「龍王は……」


 イリーナさんは、事の粗筋を俺に伝えてくれた。昨日レアルから聞いたのと同じ内容だった。

 龍王は自分の肉体を引き換えに、俺を助けてくれたのだ。


「……」


 俺は謝る事も許されないって言うのに。精霊だからまた転生するという事さえも、気休めの情報にしかならない。

 しかし龍王が俺の中で生きているというのは分かる。

 それを実感する度に……。

 

「自分なんかの為にどうして、って言っちゃだめだよ」


俺が思った事を先回りするかのように、袖を掴んでトゥルが―強く言ってきた。


「それは、龍王さんに一番失礼なことだと思う……!」


「ああ。分かった」


 龍王に対してクセになっていた罪悪感を抱くのではなく、トゥルーの導きによって俺は感謝を感じる事が出来た。

 

「……それで診断結果だが、龍王がお前の肉体に同化したという話。概念的な話じゃないんだ」


「え?」


「お前の魔力、肉体能力の要素から、人間や天使とは違う生体反応を感じる。お前はきっと龍王の力を十割とは言わなくても、充分に引き継いでいると思う……未来視だって、その為だ」


「龍王の力が、俺に?」


 実感はない。

 戦う事でしか力を示してこなかった俺に、戦わずして実感する術を知らない。

 ただ息をして、周りを見通して、偶に片目で悲劇の未来を見て……それだけだ。

 

「だからさっき、あなたのステータスを測ってみたの」


 そう言ったのイリーナさんだった。

 俺が肉体能力SSの化物であると知る事が出来たのは、イリーナさんのおかげだった。

 冒険者ギルドに初めて入った時の様に、言うべきか言うまいべきか、そんな恐る恐ると言った表情で俺に行ってきた。

 

「ライ君の肉体能力……“X”になっているわ」


 龍王。

 あんた、とんでもないものを残していきやがったな。


「そう言われても、実感湧かないですね」


 自分の掌の肌色を見ても、口にした通り身に染みてわかる程ではなかった。

 左目に願えば破滅の未来が見えるという事は、やはり龍王の成分が俺の体に染みたのだろう。

 だが特に体は軽くなっていないし、あらゆる感覚が今まで通りのものだった。

 

「でも、あなたの全てが分かる訳じゃない」


 イリーナさんはステータスを測る魔術結果に付け加えた。

 

「ステータスは本来人間向けのもの……だからこそ、天使であるトゥルーの天使所以の特殊能力まで見抜くことは出来なかった」


「俺は、人間を辞めたって事ですかね」


「……ステータスには、あなたの未来視の事は書いていないの」


 何故ならそれは人間としての能力じゃないから、イリーナさんには見る事が出来ないのだ。


「そもそも普通の人間だったら死んでいて当たり前の怪我だったんだよ、お前は」


 ビートルさんが俺の肩を叩きながら、今こうして普通に息している事が奇跡であるかのように言ってくれた。

 

「第一、人間の枠を超えたとかどうとか、お前は気にするタマじゃないだろう」


「はは、そうですね」


 俺は小さく笑いながら、確かにどうでもよかった人間を辞めてしまったという事実に目を細めた。

 肉体能力SSの時点で、自然治癒をしてしまっている時点で、ワーウルフの牙を通さない時点で、俺は人間を辞めていたのだから。

 そもそも人間だとか天使だとか獣人だとか、そんな種族の違いはイコール命の違いには当てはまらない事を、俺は知っているから。

 

「じゃあ、ビートル先生。ありがとうございました」


「おう。退院おめでとう。二度と来るんじゃねえぞ」


「冷たいっすね」


「あのな、医者に掛からないよう毎日気を付けるのがのが一番なんだよ……とはいえ、これから医者が忙しくなりそうな時期だろうがな」


 ビートルさんの言う通り、世界は確実に火花を散らす未来へ近づいている。

 王国へ、ついに帝国が乗り出してきた。

 モルタヴァは帝国への重要な防衛拠点の一つとして、王国の脅威となっている。

 逆を言えば、王国から一番最初に本腰入れて狙われてしまうのは、このモルタヴァだ。

 

「お前は休めよ」


「無理です」


 俺はビートルさんの気遣いに応えることは出来なかった。

 

「左目で見えるから。モルタヴァが、地図の上から消えてしまう未来が」


「……そういうと思っていました」


「だからって心配しないは出来ないからね、ライお兄さん」


 両側で少女二人が、少し呆れた顔で俺を見上げてくる。

 結局俺はこういう生き方しか出来ないらしい。

 

「皆さんごめんなさい。後10日間だけやせ我慢って言うのをさせて下さい」


 誰も反論しなかった。

 だから、恥ずかしかったけれど言いたいことを言ってみた。

 どうすれば過去に俺は許されるのか。

 どうすれば現在の人達に恩を返せるか。

 どうすれば未来へ幼いころの自分を繋げられるか。

 

 瞳を閉じて。

 全てを、感じながら。

 

「10日後も皆さんと生きて、俺が生きてやりたい事、やらなきゃいけない事、探りたいから」

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