第47話 おはよう、ただいま、おかえり

 長い夢を見ていた気がする。

 瞼を開けてぼんやりと眺めた天井は、夜闇でほんのりしか見えなくて、一体今自分がどこにいるのか分からなかった。

 それでも、俺が眠るベッドの両隣に子猫の様に腕枕をしているトゥルーとレアルがいたから、今自分は悪夢から脱したんだ、と思った。

 

「ライお兄さん……今日……私……お菓子を作って……わぁ、味感じてる……」


 寝言言ってるよこの天使。

 

「やれやれ……なのですよ……そんな水上都市を空中都市にしようだなんて……ライったら大胆……」


 お前もか、御令嬢。

 

 俺は二人を起こさない様に起き上がって、しばらく歩いているとようやくビートルさんの診療所である事を悟った。

 トゥルーにつけられた胸の傷はすっかり癒えていた。

 自然治癒で結局回復したのか……。

 いや、何かが違う気がする……。

 

『ライ! どこ!? ライ!! あはは――いた!!』


 突如左目だけに移る静けさとは真逆の大戦場。

 モルタヴァはどこを見ても深紅の業火に飲み込まれていて、次から次へと命が軽々しく消えていく。

 灰色の翼を持った天使からの光線に消滅され、そしてエルーシャの鬼神の様な剣に百の兵士が一度に切り刻まれた。

 そしてエルーシャが、俺の両隣にいたトゥルーとレアルを串刺しにしながら、俺に抱き着いてくる。

 

 いや、待て。

 何だ……この情景は……。

 

 俺は左目を閉じて、もう一度開くと両目ともただの夜闇を映していた。

 結局自然治癒しきれずに、俺は倒れた筈だ。

 そもそもあの二人が俺の心に干渉してきた事だって妙だ。

 そして窓ガラスに映る、左目だけが黄金色の瞳。

 

「そうか……龍王か……」


 何となく、全てを察する事が出来た。

 今俺の体には、龍王の肉体が入り込んでいる。

 だからこそ分かる。

 今左目が見せたのは、このまま何もしなければ訪れる未来のお話だ。

 

「うおっ!」


 そう思っていると、後ろから突然突進の強襲を受けた。

 この未来視、直近の事には発動しなければ、もっと規模の大きい単位でしか未来が見通せない様だ。

 おかげで、背中に抱き着いてきた二人に気付く事が出来なかった。

 

「おかえり」


「おかえりなのですよ」


 トゥルーの華奢で、握れば折れてしまう様な暖かい手。

 レアルの小さくて、握れば潰れてしまう様な暖かい手。

 俺はその手を離しながら、帰りを待っていた二人を見た。

 まるで待ち焦がれていたハッピーエンドを見た様に、俺の生存に涙していた二人を見た。

 だから俺は、家族にとって当たり前の言葉で何の飾り気も無く返すのだった。

 

 

「ただいま」



 俺は改めて二人を抱きしめた。

 家族よりも大切な、俺に生きる道を示してくれた二人に、感謝を込めながら。

 三人の額を、合わせて互いの吐息がこんなにも近くなって互いに赤くなって。

 それから、ひとしきり笑った。

 

 

 どうやら俺は三日間眠っていたらしい。

 その間に、世界は生き物の様に進んでいた。

 

 例えば、もう帝国がモルタヴァに向かい軍を進める直前まで来ていて。

 戦争は避けられず、王国も王都からモルタヴァに大量の兵士を駐在させていて。

 10日後には、戦争は避けられない未来が待ち受けているそうだ。

 

 俺が左目で見た破滅の未来は、その結末を示していたんだと気付いた。

 俺達は敗北し、モルタヴァは法螺吹きからの一撃で消滅する。

 

 だから、破滅の未来との最後の戦いまで、あと10日。

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